2015年01月03日

2015年 改めて実行 巻き込む 追い込む

2015年になりました。
去年も引き続き色んな方にお世話になりつつ、一生懸命働いたつもりです。
ありがとうございました。

年始はとりあえず前年の振り返りからいつも始めるわけですが、
2014年のテーマは「実行」でした。

実行って、具体的にいうと起業を意図してたんですが、
色々あって今の職場を延長しています。
なので、実行はいまいち達成できなったなぁ。
さすがに1年だと色々勉強不足でした。
実行というよりは試行錯誤とか精進って感じか。色々考えた1年だった。
第一の創造っていえばその通り、思考の中でプランニング。第二の創造こそ実行。

今年は改めて、実行に取り組みたいと思います。
その下準備を2014年で少しはできたかなと。
結局、一人じゃできんなと思ったわけです。
やっぱり飲食業って独立して小さい店でもオーナー目指すっていうのが王道やと思うんですが、ブルーパブってそれなりに規模がいるわけで、醸造もやってレストランもやって、経験的にカフェもやりたいってなると一人じゃ無理だなぁ。

ということで、今年は「改めて実行 巻き込む 追い込む」。ちょっと長ったらしいけど。
巻き込むって、この数年自分のミッションステートメントにも入ってるキーワード。巻き込める人間になろう。改めてリーダーシップ発揮します。セルフブランディングとプレゼンテーション。

ステーキ屋も5年目にしてやっと儲けが!これは予想以上でした。手伝ってくれた友達にも感謝。また改めてお礼しよう。アベノミクスもうちには効果あったかな。今年はこの流れ引き継ぎたいけど、人材確保を引き続き重点項目に、、、

そして追い込む!
これは有言実行、なせばなる、なんとかなる。やらなきゃわからない。ってことで実行するしかないという意味で。
自分の性質としてやっぱりどうしても理屈先行、頭で理解してから行動するタイプ。
もちろんそれはそれで自分のいいところだと思ってますし、行動力も人よりはあるとは思ってますが。
でも周りの行動先行の諸先輩方を見習って、出たとこ勝負に追い込もうと思います。
ブルーパブって勢い重視じゃないとうまくいかない気がする。
焦らないっていうのと先送りにするっていうのは同じ意味じゃない、という意味で。

追い込むという意味では、今年は業界全体が荒れそうな予感です。
大手のクラフトビール開発強化のニュースが年始早々NHKで上がってます。もちろんそんなことは去年から百も承知なわけですが、本格的にそういう空気になりそうだなと。

飲み手の裾野を広げるって意味でとっても有意義なことだとは思いますが、やっぱり価格面でどうしても劣勢に立たされるのは既存のクラフトメーカーでしょう。クオリティで負けないから価格が2〜3倍してもみんな買ってくれる!って自信をもって立ち向かえるメーカーは何社くらいあるだろうか。
もちろん既存のファンとのつながりもあるからそこは強みだと思うけど、今までの戦略じゃ通用しなくなる年になりそうな予想。ここ数年ずっと右肩上がりだっただけに追い込まれてどうなることかと。
と最近、事業計画的なものを考える上で市場の環境やらポジショニングやら優位性をあれこれ理屈立ててるとそう思う。あいかわらず端から偉そうなこと言って恐縮ですが。

今年は仕事だけじゃなく私生活でも色々と変化がありそう。
今年こそ実行するよう年始から集中していこうと思います。
皆様どうぞ宜しくお願いします。
posted by koji at 20:11| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月03日

サスティなブルーパブ

なかなか面白い二つの本を読んだ。
たまたまこの二冊を続けて読んだけどこの2冊の対比がおもしろい。

最底辺の10億人 -
最底辺の10億人 -
主にアフリカの最貧国に生きる人々。他にもアジア、南米も何国か含まれる。
この最底辺の国々は四つの貧困の罠に囚われて未だに14世紀と同じ水準の生活を強いられている。
紛争の罠、天然資源の罠、内陸国の罠、小国における悪いガバナンスの罠。
内戦やクーデターは一度起きると何度でも起き、経済を麻痺させる。
天然資源がある場合でもそれに頼ってしまい産業は発達しない。先進国に食い物にされ一部が潤うだけになる。税収に頼る必要がなくなるため政府の資金繰りを監視するインセンティブが働かず、横領が日常化する。
内陸国は、隣国の情勢に左右され、貧困は伝播する。インフラも整備できず輸出入で潤うこともできない。
政府、役人の腐敗が横行する国々では経済は破綻し、有能な人材も資産も国外に流出する。

グローバル化によって最底辺の国々は益々発展しにくくなる。
特にアジア諸国が発展途上にあり、安い労働力の賃金が先進国の水準まで上がって優位性が無くなるまでは、アフリカの最貧国に資本や技術が集まることはない。

政府の腐敗する最貧国に対して金銭的な援助は逆効果になる。民主主義は買収で成り立たない。最貧国は自力で貧困の罠から脱することはほとんど不可能。
先進国、国連が積極的に軍事介入し、長期的に統治、監視する必要がある。国際標準的な憲章を作り、導入のサポートまでする。
援助は短期間に大量にするのではなく、長期に渡って少しずつ、初期は経済的支援より技術的人材的支援を優先する。
貿易政策は難解で簡単には解決しない。特にアジアに対する競争力はないため保護貿易政策が必要。


「ホテルルワンダ」の映画と、「チョコレートの真実」の書籍を彷彿とするなぁ。日本にいるとなかなか実感できないけど。



シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略 -
シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略 -

未だに14世紀と同じ生活を強いられている世界の最貧国が抱える貧困の罠と、先進国が抱える消費資本主義の課題。
この両極端だけどどちらも世界が一つになって取り組まないと解決できない問題が、同じ地球上に同時に存在している。


シェア 共有からビジネスを生みだす新戦略

衝撃的なプロローグ、太平洋ゴミベルト。
これ知らなかった。世界中から漂流してきたゴミが人知れず溜まる世界最大のゴミ捨て場。
太平洋ゴミベルト ウィキ

ハイパー消費社会、産業資本主義が行き着くところまでいき世界は限界を迎えている。
衛生的な使い捨て文化が度を越し、企業のプロモーションは集団の心理を操って消費を煽る。
クレジットカードの誕生で後払いが日常的になり、より大きな消費の心理的ハードルを無くす。
モノで溢れかえった生活は、もっとモノを買うことでしか満たされなくなるのに、企業は商品のライフサイクルをどんどん短くすることでより消費を加速させようとする。

新しいシェアビジネスが生まれるに至る、今までのハイパー消費社会について書かれてる第一章を読むと、ウルグアイのムヒカ大統領のスピーチを思い出す。
リオ会議でのムヒカ大統領スピーチ 日本語訳ページ
彼の言ってることはまさにこの本に書かれてることと同じだ。
世界が抱えるのは、環境問題ではなく政治問題だということ。
古代ローマでセネカが言う「貧乏な人とは、少ししかモノを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人」。
GDPが幸福の指標にはならないこと。(これは別の本「経済成長って本当に必要なの?」でも詳しく。)
などなど色々と思いつくわけですが、
結局色々と思い至るのはやっぱ「アルジュナ」(か、動的平衡)なわけで、、、太平洋ゴミベルトなんて、ラージャの巣でしかない。10年以上前の日本のアニメでやっちゃうようなわかり切ったことなのに、世界は何も対応できないのか?既得権益って恐ろしい。

ハイパー消費社会が行き詰まりを見せて、新しいコラボ消費=シェアが生まれている。

シェアのモデルは3つ
■プロダクト=サービス・システム PSS
■再分配市場
■コラボ的ライフスタイル

そのモデルがうまくいくための要因は4つ
■クリティカル・マス
■余剰キャパシティ
■共有資源の尊重
■他者との信頼

ある製品を所有するが目的ではなく、利用して受けられるサービス・メリットが目的であるという考え方。
自分には必要のなくなったものだけど、他に必要な人はいる。
私があなたを助ければ、誰かが私を助けてくれる。間接的互酬性。自分のスキルを誰かに活かせば、誰かの力を借りることが出来る。

気になったサービス。カーシェアリング、ライドシェア、カウチネットサーフィン、ソーシャルレンディング、ツールシェア、コインランドリー

これらのコラボ消費のモデルは別に目新しいものじゃない。古代から人間同士で行われてきた取引でハイパー消費社会ではしばしば忘れられてきただけだ。

この昔懐かしいモデルが新たに注目されるのに必要なテクノロジーがインターネットで、これによってコラボ消費モデルの取引コストが著しく下がった。
多くの人が参加できることで取引の選択肢が増える→クリティカル・マスに達する。
お互いを信頼する為に評価システムが発達し、ウェブ上でもその人の人となりが評価される。この評価は個人間でなくコミュニティ全員に共有されるためより良い取引が行われるインセンティブが働く。
取引は2者間で直接されることも多いが、複数人数間で相互に成立できるようなアルゴリズム、システムが開発されより選択肢は広くなった。

コラボ消費は人々の行動を自主的に変えている。コラボ消費のほとんどは環境にいいが、環境にいいからという理由で始まったわけじゃない。消費者は、自己利益の追求という立場をそのままにできるため、ほとんどは自分が「よいこと」をしているという意識すらない。多くのコラボ消費モデルは、正しいことをさせようとするわけではなく、正しいことをより魅力的に便利に変えただけだ。

コラボ消費のモデルは製品をデザインするのではなくシステムをデザインする。脱物質化であり、モノよりコト、プロダクトではなくサービス、また、参加することへの満足感、社会的帰属の欲求を満たす。
そういう意味でデザインの本質は変わったが、実際のところデザインはより重要で、人々の行動を定義し、空間を構成し直し、消費欲求を刺激し続ける。
人々を変えようとするのではなく、システムをデザインし直すことで、一人ひとりにほとんど負担をかけることなく、よりサスティナブルで魅力的な方法で人々の欲求を満たす。


率直に、この本にあるようなビジネスモデルをやりたいと思う。
自分は別にエコロジストじゃないけど、自己利益の追求が結果エコなことならもっといい。
コラボ消費は一人じゃできない。人と人がつながってコミュニティを築くから成り立つ。誰かに力を借りる代わりに誰かに施す。
サスティナビリティって流行り言葉みたいで嫌だけど子供ができてさすがに次の世代のことも思うようになったし、日本がこのままずるずる落ちていくのもやだし、自分のミッションステートメント的にも新しい価値ってのは創りたい。

じゃあサスティナブルなブルーパブって何ができるんだろう。今の醸造技術は大量生産大量消費が前提だけど、昔は違ったか。エネルギー効率突き詰めたり、熱量の回収して再利用?麦芽粕の廃棄をコンポーザーで堆肥化したり?酵母の回収と再利用もそうか。(ドライ酵母って作るのにエネルギーかかりそう)
でもこんだけだとただのエコブルワリーだな、、結局新しい設備や装置を追加しないといけない。
もっと単純に、探せば出てくる中古設備をどんな形でも使えるシステムのデザインとか、結局週一回利用の醸造設備は余剰キャパシティなわけだから、それを自社だけじゃなく他社にも使ってもらう。小ロットなら個人飲食店のハウスエールとかPBも受けやすいだろうし、マニアなホームブルワーでも使えるだろう。中堅ブルワリーのテストバッチやったりもできるか。課題はたくさんあるけど。
マイクロブルワリー的には原料の共同購入とか発注ロット的に過剰在庫になるホップの交換とかできるコミュニティとか。そもそも醸造免許自体が希少性のあるスキルだから、価値の交換はしやすいかも?

そんでブルーパブは飲食店なわけだからそっちでできることってあるか。
飲食店は人が集まる空間。
食事だけを売りにするんじゃなくてそこで出来るコミュニティが大事。オンラインのコミュニティがオフラインで集まるというのは地域の活性というシェアになる。
懐古主義っぽいけど、ご近所でも今は知り合いじゃない世の中でそういうハブ的な役割が出来れば社会的帰属の欲求を満たす。


色々やってみたらなんでも出来そうなんだけどな。
常にネットにつながって他者からの評価を気にかけて生活するってのはどうかと思うけど、ネット社会がバーチャルと言われずリアルと肉薄しつつあるなら致し方ないのか。

取引コストを下げて、みんなにとってメリットのあるシェアをデザインする。

今年一番の読み応えでした。このジャンルの本、多読します。
posted by koji at 18:39| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月06日

フリー!

久々の更新。
気付けば11月で酒造りも始まっている。今年もあっという間に終わって行くなぁ。

いつもの酒蔵ブルワリー3社合同の会議で、
やっぱりいつもながらクラフトビールの定義についての話題に。

このところ大手ビールもクラフトビールを名乗るようになって、
ますます定義化するなんて困難になりつつあるクラフトビール。
マーケティング的にこのキーワードをめぐって主導権をどう取るかが焦点になっている様相なわけです。
この争いが激化する一方で、消費者は蚊帳の外って感じもあってメーカーとの温度差があります。

コンサルタントの方はもともと大手スーパーのマーケティング責任者だから発想がマス向けなんだけど、
その割には嗜好品のニッチな思想もあって、メーカーの職人気質についても理解がある。

クラフトビールにはまだ、ワインのようなわかりやすいカテゴライズがない。
それを作るためにキュレーション的な作業が必要だってことなんだけど、
ビールの価値を再編集するなんてそれはそれは難しい作業なわけで。

そのためにも、ブルワーにはヴィジョンとロジックが必要。
うまいビールを追求する、人々にうまいビールを飲ませる、喜びを与えるという動機。
それを達成するための技術的な裏付け、自信。
ビールのプロに必要な要素。

肝心のクラフトビールとは、という問いの答えはなかなか出てこないけど、
自分的にしっくりくるキーワードが出てきた。

クラフトビール=自由

今の日本の酒造メーカーはやっぱり酒税法に縛られる発想になる。
うまいビールを追求するためにエンドウ豆タンパク質を原料にするわけじゃなく、
酒税法という枠があるから必要なもの。
大手ビールが、薄くて画一的な味のビールを作るのは大量生産という制限があるから。
クラフトビールは、うまいビールを追求する。
そういう意味で、リアルエールじゃなきゃいけないとか、伝統的手法じゃなきゃいけないとか、小規模でなきゃいけないとか、手作りじゃなきゃいけないとか、独立的じゃなきゃいけないとか、、、
そういう制限的な定義じゃないと個人的に思ったわけで、
クラフトビールとは自由に創られるうまいビール、というのがここ最近で一番しっくりくるものになった。
だから、安定的である必要もないという開き直りもある。
何をいれてもいいし、入れなくてもいい。濃かろうが薄かろうが、スピリッツを足そうがジュースで割ろうが、正道だ邪道だなんていうのがないのがイイ。歴史的に見ても、ビールってけっこう適当にそうやって発展してきたんじゃないかなって気がしません?

こないだ社長と個人的に食事に行って、色々相談とお願いを。
醸造設備の借り受けと免許申請に必要なもろもろのサポートを依頼。
免許申請には、かならず醸造の技術的な裏付けが必要。
ホームブルワーからだと普通はそこがネックになるけど、ブルワリーに技術指導や顧問になってもらうという書面でクリアできるらしい。お金積む人多いそうな。
醸造設備への投資は最低限に抑えたい。
借りれる設備があるなら、それを最大限活用して、それでできるシステムを考えたい。
マイクロってやっぱりDIYがあって始めて成り立つ規模なわけで、
メンテナンスやチューンナップも自分でできないといけない。

あとは販路のシナリオ作り。
酒造免許には、最低限の販売ノルマがあってビールで年間60KL、発泡酒で6KL。
ブルーパブは基本、発泡酒免許になるけど、
単純計算で毎日17Lビールを売る必要がある。
飲食スペースを隣接させるブルーパブは自店舗で販売するっていうシナリが書けるから、
席数と回転率、1日の来客予想から、一人当たりのビール販売量を想定して年間販売量を設定できる。
もしそれでクリアできないのであればもちろん外販することになる。
酒販店や飲食店にお願いして、年間何ℓ買い取りますという承諾書をもらって回る。
まぁこれには特に法的な拘束力が無いから、何でもいいような気はするけど、、、

そのうえで、資金の潤沢さや経営的に採算が合うのかまで見られて始めて申請が可能(許可が降りるわけじゃなく)になる。

お役所仕事だから対応が大変そうだなぁ。
来年、酒造りと春のイベントラッシュが落ち着けば平日動ける態勢を整えて、進めたいと思います。
そのためにも今年の酒造り頑張ろう。
去年は何もかも始めてで完成形がわからないままやってて疲れた。
今年はそれがわかって、自分の仕事の範囲も明確だから今のところやりやすい。
麹と酛担当というかなーり責任重大な役割だけど立派にこなしたいと思います。
posted by koji at 23:07| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | ビール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月31日

努力する人間になってはいけない

気づけば31歳になっております。皆さん祝ってくださってありがとうございました。

久々にちょっと分厚い本を読んでます。図書館で借りました。
ずいぶん前に予約してた本で、順番が回ってきたから借りに行ったんですが、なんでこの本を予約したのか、予約しようと思ったのか思い出せない。笑
読む動機がわからないまま読み始めるという謎の読書は久しぶりです。笑



タイトルは最近のキャッチーな感じですけど、書いてある内容はタイトル通りではない。(それも含めて最近の本ぽいけど。)

書き方は親しみやすい感じで書いてるけど、内容はちょとややこいい。ややこしいというか哲学の知識がないとわからん。のでけっこう読み飛ばしてますが、一部気になった章があったのでそこについて書きます。

以下、引用。
第八章 キャリア教育の諸問題について 学校教育におけるキャリア教育とは何か

接遇=コミュニケーション能力と専門教育
最近の接遇=コミュニケーション教育は間違っている。顧客に感想や需要を直接アンケートする。
本来の接遇は、顧客にわざわざ聞かないで済むための接遇であるべき。
こういった顧客との間違った接遇教育や、コミュニケーション「スキル」主義が、専門教育の衰退を加速させる。
大学や専門学校がキャリア教育やスキル教育に走るのは高等教育の自殺行為でしかない。そんな学校は早晩滅びる。コミュニケーション能力や即戦力を期待する三流企業とともに。

しかし、コミュニケーションなどの抽象的な教育目標は各学部の講座の内容=授業を全く変更する必要がないので、高等教育の学部の教授は反対しない。
教育の本体の改革に手をつけようとしない結果が、キャリア教育の充実という事態を招く。学校本来の教育力で就職させるのではなく、就職ネットワークやパーソナリティ指導で就職させているだけ。

実際、企業が若年者に求める就職基礎能力調査で、「コミュニケーション能力」を上げた企業は85%を超えており、トップの要求をなす。他に、「人間力」「社会人基礎力」「学士力」「生きる力」「創造力」など。。
しかし、これらごもっともな「○○力」も、ここまで言われると、これがどう「若年者就職基礎能力」なのかわけがわからない。これらの「力」能力は、若者に特有の課題ではない。若年者から上になれば自然に身につく能力でもなく、大人の自分たちでさえコントロールできない「コミュニケーション」をなぜ、若年者に特有な課題であるようにでっちあげるのか。だれもコミュニケーション能力を教育できない。

コミュニケーション能力教育の反対は、専門教育に他ならない。
専門的な知識とは、商品知識ではない。
美容師のメイクやカットの技術、獣医師の動物に関する幅広い知識、介護士の食事や入浴などの介護技術は、いずれも専門的な知識や技術に属する。
この種の専門性は、自動車セールスマン=営業にはない。セールスマンが接遇のスキルを会得するようにしては、それらの専門知識は獲得できない。

自動車のセールスマンは、車についてよく知っている人間が必ずしも車をよく売るとは限らない。
セールスマンが車を「知る」ことと、車の整備士が車を「知る」ということは全く別のもの。
言い換えるとこうだ。
セールスマンがどんなに車のことを知ることになっても、その経験を何年重ねても、だからといってセールスマンが車を作ったり整備したりすることはできない。
しかし、車を作ることがでできない、整備できないことはそれ自体、セールスの営業成績とは何の関係もない。

「商品知識」というのは、専門的な勉強と関係なく身につく知識を言う。
「営業の知識」は、限り無く「ユーザーの知識」に近い。専門的な勉強なしには、営業の仕事しかないのである。
セールスマンに「知識」が必要である度合は、その人の人間性、コミュニケーション力が必要という度合とほとんど変わらない。その意味でセールスマンにとって「知識」は単なる道具にすぎない。

それに比べて、美容師や獣医師、介護士などの知識は人間性と代替される道具ではない。それらは「専門的な知識」がないと対象に関われない領域を有する。知識は相対的な道具ではなく対象そのものに関わる。知識の「質」の違いだ。
しかし実際、調理分野と美容分野の両分野は、「技術」職とはみなされず、知識不要な「経験」職とみなされる。



引用はここまで。
特にどこが気になったかっていうのは、最後の「商品知識」と「専門知識」の違い。
これは、私自身がずっと探してた答えの一つでもあるように感じました。

チェーンのカフェで店長職をやっていた頃、コーヒーの商品知識を覚えてたくさん買っていただけるようになった。でも自分でコーヒーを育てたり焙煎したりすることはできない。エスプレッソはおいしく淹れられても、エスプレッソマシンは造れない。
結局自分のできることはコミュニケーションスキルの有無かそのレベルの話であって、他人に代替できるものでしかない。その頃は具体的には認識しなかったけど、そのモヤっとした不満がつのっていたのを覚えてる。

醸造をやろうと思ったのもそう。
普通に、ビールをメーカーやインポーターから買って売るだけだと、コーヒーのそれと変わらない。
転職の際に、ビールメーカーの人と話すうちでもよく聞かれた。コーヒーじゃだめなのか?
コーヒーの業界に入ろうと思ったのは、コーヒーを飲むのが好きだったし、商品知識の世界観が好きで、カフェ文化が新興だったからだ。
商材が、コーヒーと状況が似たビールになっても、確かに同じようなもんだろう。

だからこそ、特にブルーパブに限定したことは、専門性に起因する。
ビールの商品知識がいくらあっても、ビールは造れない。それが嫌だった。
転職する意味もない。

この専門性・専門知識に対する執着は、20代後半からより強くなって、おそらく大学に進学しなかったコンプレックスが影響してる。
自分は大学にいかなかった4年間で、社会人として大きくスキルを伸ばして同年代と差をつけたと思っていたけど、なんのことはない、得られたスキルは代替可能なコミュニケーション力や「経験」的スキルでしかない。

あー、、、こうやって書いていくと、より一層、自分を理解できる。笑

ブルーパブはきっとおもしろい。ただし、私が思うブルーパブは、造った人が、造ったビールを自分で注いで売る。ブルーパブは製造業じゃない。飲食業であり、サービス業。それも重要。
営業の商品知識やコミュニケーション力を有する人間が、専門知識も有する。
別に多くの業界では珍しいことではないと思うけど、このビールの業界ではまだあまり見かけない。これが面白いと思う理由。


この本は全般を通して、けっこう興味深い内容ではあるけど、
今の自分の知識じゃ到底理解しきれないし、今はそういうタイミングでもなさそうだ。
またゆっくり読みたいと思う本。

今日は久々に土曜日を完全にオフにしてもらって、リフレッシュしたと思う。
専門知識を手に入れる時間がもっと必要か。
posted by koji at 00:55| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月11日

クラフトビールとは何か

かなり大きな題目だなぁ。
ずいぶん前に書きかけた記事、公開するのを忘れてたっぽい。笑
3月に書いてるわ。一応アップしとこう。

クラフトビールってビールの一ジャンルになるのかな。
それとも日本人のいう「ビール」とは違うものを目指そうとしているのか。
これ書いたとき(今でもそう変わってないが)今のクラフトビールのあり方にかなり悲観的。
改めて読むとちょっと喧嘩売りすぎな気もする。笑





関西の酒蔵ブルワリー三社合同で行われる協議に参加してきた。
うち以外はかなり大きなメーカーで、コンサルタントの先生にアドバイスをもらいながら進める話し合いでなかなか考えさせられる話題に。

まず、クラフトビールとは何か?

これ、意外と答えられません。
業界的な認識でいえば、国内でいえば大手四社(オリオンいれて五社)以外のビール。
でもこれって全然、クラフトビールそのものを表してない。
小規模であればそれだけでクラフトビールなのか?

そもそも、大手以外のビールを「地ビール」として打ち出してきた歴史があって、地ビールのイメージが悪くなってきたから地ビールを捨ててクラフトビールとして再出発したわけです。
クラフトビールが流行ってると思ってるのはその業界にいる人と、全体のシェアのうちの1%でしかないファンの人たち。
残りの99%の人からすればクラフトビールと地ビールを分ける基準はかなり曖昧で、だかこそ身内だけでしか商売になってない。

一応アメリカのクラフトビールの基準は、小規模・独立的・伝統的製法、というこれまた日本には合致しなさそうな基準です。

結局クラフトビールってなんなんだ。流行ってる流行ってるっていってるものなのに、誰もうまく説明できない。ビアパブ関係者やメーカーでさえはっきり定義できないものを、どうやって一般の人に説明して理解してもらえるだろう。
ここが正念場な気がします。

大手ビール=ピルスナー
それ以外のビール=100種類を超えるスタイルのビールのすべて

こういう始め方をすると、説明しようったって無理だ。なんか根本的な誤りを犯してる気がする。
クラフトビールを、大手ビールと違うものって区切っちゃうからややこしくなるんじゃないだろうか。
日本のビール=大手ピルスナーっていう前提があるから、クラフトビールは日本のビールじゃないような感じになる。ビールっていう商品の中にピルスナーもクラフトビールもあるべき。

クラフトビールはうまい。日本人が今まで知らない味わいで、それが強みだと業界の人たちは思ってる。
じゃあなんでこんなにも広がらないんだろう。
クラフトビールには、小難しさや分かりにくさがある。
メーカーやビアパブは、大手ビールのピルスナーと何がどう違うのか、違うから何がすごいのか、うまいのか、それをお客さんに説明して教育するところからやらなきゃいけないと思ってる。と思う。
そんなのは、お客さんからしたら迷惑な話で、だからいつまでたっても広がらない。
クラフトビールって単語がもっと単純明快で魅力的に感じられるイメージを持たないと、いつまでたってもシェアは1%にとどまりそうだ。

エールという言葉でさえ一般的とはいえない。一般的にも感覚的にわかりやすい体系化されたビールのスタイル別のカテゴリーさえないように思う。実際、ブルワー同士で集まって話ても、100%直感的に理解できるカテゴライズってできなかった。

一般的な官僚は、クラフトビールは成長産業じゃないと思ってる。そりゃそうだ。20年やってもまったく伸びてない。
だから、税制を優遇したり緩和して守ったところで大した意味はないと思ってる。
きっとビールの税制は変わらないだろう。
日本のクラフトビール業界は全然明るいわけじゃない。



ここまで書きかけだったわけですが、どこにオチを持って行きたかったのか覚えてない。笑
たぶん、だからこそブルーパブがおもしろいんじゃないか、
という話になる予定だと思うんだけど。


最近は思うのは、ビールの作り方だけ勉強してもだめなんじゃないかということ。
コストを抑えて自分の思うビールを作るための、場所・設備の設計やマネジメントの能力も必要だろうと。
仕込みと発酵管理において、どの行程にこだわるべきで、どこに投資しないと品質が保てないのか、今の知識じゃまだわからない。
これは経験も必要だと思うけど、多くのブルワーは一つの醸造所、1つの設備に慣熟してそれに合わせて製品を造るから、設備が変わるとまたそれに合わせて工程のポイントをさぐっていかなきゃいけない。と思う。ここはセンスも問われる気がするなぁ。

というわけで最近は、具体的に醸造設備をどうやって構築するか、を考えてます。
会社の倉庫にゴロゴロ転がってる小型のタンクやら仕込釜を想定に入れて、それでやるならどういう設計にするのがベターか、というシュミレーション。
釜やタンクは、必要ってわかりやすいんだけど、
考えていくと、マッシュやウォートの移送はどうしよう、とか、冷却はどういう方式にすべきか、とか、発酵で温度管理はどうするか、貯酒とパッケージングとサービングをどうやってまとめようか、とか。
サニタリーやメンテナンスまで考えたらもっと複雑になりそうだ。うーん。
飲食スペースまで考えて一緒に構築していかないと、無駄も出てきそうだし、、、これがビジネスモデルとしてまとめられたらめっちゃおもしろいと思うんだけどな!
という妄想の日々です。
posted by koji at 23:21| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ビール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする