2015年04月02日

Unfair Trade

気づけば4月です。
3月は瞬く間に過ぎ去りました。
日本酒の製造もやっと終盤の終盤。火入れが済めばやっと緊張感から解かれます。
さてビールだビールだ。1ヶ月後にはイベントラッシュが待っている。

良書を読んだのでメモ。

フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た -
フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た -

貧困問題の書籍もここ数年よく読んでいるので、
こういう認証ビジネスの裏側を題材にした本に書かれている内容もちょっとは理解しやすい。
「チョコレートの真実」を読んだとき、衝撃だった。
その時の記事もあります。
http://koji0824.seesaa.net/article/135387686.html

当時は自分がコーヒーに携わる仕事をしてて、
コーヒーの抽出やサービス、ビジネスについて学ぶより、
それを作る第三世界の貧困問題について知るほうが自分には有益だった気がする。


この本は「フェアトレード認証」についてだけ書かれているわけじゃなくて、
欧米の大手企業がサプライチェーンを通じて世界中の貧困を加速させていく様々な事象について書かれてる。
それは単に公正な取引や価格を保証するかしないかという簡単な話ではなくて、
身体的精神的に劣悪な労働環境を強制したり、
倫理に反してでもその労働でしか生きる術がない状況について、
現地に入り込んで取材して書かれてる。

そしてそれらは先進国の人が少し考えれば想像できるようなことなんだけど、
「フェアトレード認証」のロゴがその想像を邪魔する。


以下、いくつかの事例について引用。

ニカラグアのロブスター漁。
質素なボンベだけの装備でほぼ素潜りに近い漁法でロブスターを穫るニカラグアの若者たち。
アメリカの大手企業が買い占めるロブスターを穫って収入を得るために、
1日に何十回も潜水する。
これにより塞栓症を引き起こし、減圧症、潜水症(ベント)を引き起こす。
20歳そこらの若者が、この症状で手足が不自由になり最悪死亡する。
組織的に身体障害者を量産する仕組みがこうして出来上がっていて、
サプライチェーンの上流の大手企業はそれを認知している。
現地では、潜水であろうが仕掛け漁であろうが加工場に持ち込まれた時点で一緒くたになり判別はできなくなる。
にも関わらず、「私達はそうした潜水によって穫られた人道的ではないロブスターを仕入れていない」と発表している。
海洋環境保全に何万ドルも投資してCSR=社会的責任を誇らしげに掲げる企業も、ニカラグアの若者が危険な潜水漁をしないように教育し装備を整えることに投資はしない。
それでも「倫理的」は売れる。


イギリス、マクドナルドのコーヒーのカップにレインフォレスト・アライアンスのロゴが入っている。
マクドナルドのコーヒーを買うと、倫理的なコーヒーを飲むような人だと周りに思わせられる。
ちなみにレインフォレスト・アライアンスは最低価格の保証がなくフェアトレード認証より、より市場主義型のシステムと言える。このロゴを導入してコーヒーの売上は25%増加した。
消費者はもっと倫理的になりたい、貧しい農家をもっと支援したいと思っているが、劣っている、または知名度の低い商品に乗り換えなければいけないのなら嫌だと思っている。
大手企業からすれば、今まで作ってきたものを作り続けつつ、安心できる倫理的認証のロゴを商品につけられればよい。
消費者は何が正しいことなのかを調べる時間も意志もなく、大企業が自分の代わりに責任を持ってそれをやってくれるだろうと考える。企業は倫理的な商品が売れるとわかっていて、倫理的なロゴの背後には「ブランド」を構築しようと待ち構えている組織がいる。

フェアトレード認証で保証される最低価格は、現在の国際市場の価格よりはるかに低く、農家が保証による恩恵を受けることはない。
保証にかかる割増金の費用は、その他の倫理的な広告のマーケティングコストに比べれば遥かに低い。
また、取引を長期間保証すると口約束はしていても、実際に価格が下落して最低価格を下回った場合、その契約が履行されるかどうかはわからない。そのコストが、認証ロゴを付けることで得られる利益を上回るようであれば、フェアトレード認証のロゴをパッケージから外せばいいだけだ。
また、フェアトレード財団に支払う手数料は、半分は認証プロセスの運営・監督にかかる管理に使われる。
もう半分が農家の手元に届くのかといえばそうではなく、フェアトレードブランドを宣伝するために使われる。

フェアトレード認証を実際に現地で運営するには、小規模の農家を一軒一軒相手にはできず、農家の協同組合を通じて行われる。
協同組合を通じて行われた取引では、協同組合の管理費や人件費で多い時には売値の30〜40%もの金額が協同組合の長老の懐に入る。


中国。Foxconn。アップル、ノキア、デル、HP、ソニー、マイクロソフト、任天堂を始め多くの有名ブランドの製造を行う工場で、2010年春、1ヶ月のうちに16人の若者が飛び降り自殺した。
アップルやマイクロソフトよりも多くの年間収益を上げるフォックスコンはアップルが利益率27%なのに対して4%しかない。生産量を上げることで生み出される利益は安い労働力によって支えられる。
週7日間、一日12時間、1万回、4秒に1回、製品組み立ての同じ単純作業を全くの無言で繰り返す。地方から出稼ぎに来る若者が希望を失って自殺する。
自殺騒動のあと、マスコミの糾弾によって給与の引き上げを余儀なくされたフォックスコンは、法定最低賃金の低い河南省への移転を予定している。
国策によって地方の教育水準は上がっており、若者の能力や野心は高まっているが、それに応える仕事がない。大学で教育を受けることがそれほど賢い投資ではないと若者が気付き始めた。働き始めるのが遅くなればその分金を稼ぐのが遅くなるだけだという思いに至る。中国の地方ではいまや、教育はマイナスの利用価値しかもたなくなっている。


ラオス。中国の隣国。中国企業のゴム園開発。アヘン栽培からの作物変換によって税控除されたゴム園が熱帯雨林を全て破壊しつくして、一面のゴムの木の単一栽培に取って代わられた。
ラオスの人々にとってゴムは唯一の仕事になってしまったが、さらに需要が拡大している以上、中国人労働者の流入は避けられず、今後その仕事があるかはわからない。ラオス国民の文化にも悪影響を及ぼす。
中国は、発展において倫理的な配慮をするのはまだ早いと言う。倫理は、欧米諸国だけに許された贅沢なのだと。欧米諸国は自分たちの帝国の特権を享受したのだから、なぜ中国も同じようにしてはいけないのだ、という言い分。
倫理的な消費者がお気に入りの製品の出自をたどることの難しさ。


アフリカ、コンゴ。スズ石鉱山。
いつ崩れるかもわからないような狭い坑道で、小さな懐中電灯とハンマーだけで採掘する。常に死の危険に晒されている。
サプライチェーンの末端、原料の調達という点でラオスと同じだが、ラオスは政治的には安定しており平和だ。
コンゴは完全に機能が崩壊しており、坑道を出たところで安全な場所などどこにもない。まだ戦争中である。
ルワンダ虐殺のあと、2003年アフリカの世界大戦が終結する頃には推定500万人の命が失われた。
この戦争で最も残虐な側面の一つが、武装勢力の多くに資金源が全くなかったことだ。
飢えた兵士たちは、食料を持つものから奪い、自分が坑道を下りなくても誰かが採掘した鉱石を奪えばいい。

スズは携帯電話やノートPC、無数の電子機器の回路基板を溶接する際に使われる。
私たちはスズ石を必要としているが、人権がここまで徹底的にひどい状態にある国と取引してもいいだろうか?
国連が推奨する倫理的禁輸措置は、ただブラックマーケットを生んだだけ。結局、コンゴの人たちはスズ石を売ることでしか生きていけない。非合法でも、中国企業が原産国の表示を改ざんして買っていく。


アフガニスタン。世界中のヘロインの90%を生産している。ピンク色のケシの花。
アフガニスタン政府はアヘンの掃滅運動を続けている。
農家も代替作物を導入しようとするが、換金作物は市場まで持っていかなければ売れない。
その途中でタリバンやアフガン警察や強盗に捕まるかもしれない。道路では検問があり、賄賂を要求され、うまく売れたとしても儲けは残らない。
ケシなら業者が買いに来る。
アヘンは鎮痛剤モルヒネの原料であり、合法栽培すれば世界的な市場もある。しかし、モルヒネの最大需要国であるアメリカの「80−20ルール」特別市場保護保証により、アヘンケシの全輸入量の80%をインドとトルコから購入することになっている。


ここまでは、世界のサプライチェーンに巻き込まれた倫理的に機能不全を起こしているケースについてだった。

しかし、同じような社会環境でもうまく行っているケースもある。

タンザニア、キリマンジャロの小さな村オレラ。高品質コーヒー。
コーヒー豆は長らく市場価格が下落していたが、このところ過去最高に上昇している。小さなコーヒー農家は通常、地域の協同組合を通じて安い単価でコーヒー豆を買い取られる。
イギリスの小さな会社が、通常単価の2〜4倍の価格で高品質のコーヒーを買い取ってくれる。それの製品のパッケージにはフェアトレード認証のロゴは入らない。
それでも長期的に高品質のコーヒーを調達するため、高い価格を提示し、現地で技術指導してコミュニケーションを取り、良好な関係を築く。
同様に、マラウィの高品質茶葉。

地域密着の小規模同士の取引で成功する2例。
さらに、これを大規模展開して成功するケースもある。

西アフリカ、コートジボワール。綿産業。
内戦や政治的混乱、社会・環境問題はこれまで見てきたような劣悪な国々と同じ環境でも、倫理的意識と社会的責任感のある、持続可能で採算の取れる綿産業。
世界最大の紡績・取引会社オラムが、 内戦で倒産した綿繰り工場を政府が競売にかけた際、工場を購入した。



この本のいいところは、認証ビジネスや先進国大手企業のサプライチェーンの悪しき部分をやり玉に上げて終わるわけじゃなく、倫理的経済的な成功例、理想のビジネスモデルを模索するところまで提案しているところだと思う。
最後にたどり着くコートジボワールのオラムという会社も、もちろん営利目的で参入しているが、現地に入り込み、農家とコミュニケーションを取って、教育し、識字率を上げ、正しい資本主義的な競争を適度に促すようにして生産性を高めている。それを短期的な利益のためではなく、長期的に高品質な原料を得られるように、投資し、農家に融資して自立をサポートする。
正しいことをしている、それを宣伝するために認証ロゴが必要なわけじゃない。自社のやり方や製品に自信があるからこそ、ロゴに頼るようなマーケティングが必要ない。

「チョコレートの真実」では、同じコートジボワールでも、カカオ農園の児童労働の問題が取り上げられてた。
非人道的な強制労働、奴隷扱いされるコートジボワールの子供たちの命が、先進国の子供たちが食べるチョコレートには含まれる。って話。
同じコートジボワールでも、オラム社の事業とは真反対。
これは、政府や社会情勢の良し悪しによってだけでなく、
企業が真剣に現地と向き合って取り組めば倫理的に正しいことは実現できるってことだ。

先進国の大手企業は、サプライチェーンという外部委託によって、委託先や、その先の委託先が倫理的であるかどうか知りつつも、是正する責任や負担を逃れようとしている。
更に言うと、それは消費者にも言えることだと思う。
著者あとがきで触れてるけど、第三世界にはまだまだインターネットによる情報の透明性がない。一方、先進国の情報の透明性はSNSなどでより過敏になっている。
消費者が企業の不正やダブルスタンダードをひとたび糾弾すれば瞬く間に拡散する。
企業は逆に、倫理的に正しい取り組みをSNSを通じて宣伝すればいい。

この本が書かれたのが2011年。そこから4年たって世界はさらに複雑になってる。
中国の労働力も賃金は上昇して東南アジアにシフトする。そこからアフリカに移るまでまだ少しある。
「最底辺の10億人」でも書かれてたけど、最貧国への援助は金を渡せばいいってもんじゃない。
一方的なNGOの支援も時間がたてば役に立たなくなる。

日本で生きてると関係のないような話に聞こえるから不思議。
今このブログを書いてるChromebookも世界に絡まるのサプライチェーンを通じて製造されたに違いないのに。


久々に長くなったなぁ。
この本に出てくる多くの倫理的に機能不全を起こしている国々は、コーヒーの産地だ。
日本でよく飲まれるスペシャルティコーヒーは高品質で倫理的な商品である可能性は高いけど、コーヒー生産全体の1%やそこらの製品。残りの99%のコーヒーはどうやって作られて、作ってる人たちはどんな環境を強いられるんだろう。

結局のところ、本を読んだりすることでしか得られない知識や情報。
知らなきゃ知らないでいい平和な日本で生きていられることに感謝しつつも、
いつかそういう世界もこの目で見てみたいなと思うのです。
posted by koji at 08:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月03日

サスティなブルーパブ

なかなか面白い二つの本を読んだ。
たまたまこの二冊を続けて読んだけどこの2冊の対比がおもしろい。

最底辺の10億人 -
最底辺の10億人 -
主にアフリカの最貧国に生きる人々。他にもアジア、南米も何国か含まれる。
この最底辺の国々は四つの貧困の罠に囚われて未だに14世紀と同じ水準の生活を強いられている。
紛争の罠、天然資源の罠、内陸国の罠、小国における悪いガバナンスの罠。
内戦やクーデターは一度起きると何度でも起き、経済を麻痺させる。
天然資源がある場合でもそれに頼ってしまい産業は発達しない。先進国に食い物にされ一部が潤うだけになる。税収に頼る必要がなくなるため政府の資金繰りを監視するインセンティブが働かず、横領が日常化する。
内陸国は、隣国の情勢に左右され、貧困は伝播する。インフラも整備できず輸出入で潤うこともできない。
政府、役人の腐敗が横行する国々では経済は破綻し、有能な人材も資産も国外に流出する。

グローバル化によって最底辺の国々は益々発展しにくくなる。
特にアジア諸国が発展途上にあり、安い労働力の賃金が先進国の水準まで上がって優位性が無くなるまでは、アフリカの最貧国に資本や技術が集まることはない。

政府の腐敗する最貧国に対して金銭的な援助は逆効果になる。民主主義は買収で成り立たない。最貧国は自力で貧困の罠から脱することはほとんど不可能。
先進国、国連が積極的に軍事介入し、長期的に統治、監視する必要がある。国際標準的な憲章を作り、導入のサポートまでする。
援助は短期間に大量にするのではなく、長期に渡って少しずつ、初期は経済的支援より技術的人材的支援を優先する。
貿易政策は難解で簡単には解決しない。特にアジアに対する競争力はないため保護貿易政策が必要。


「ホテルルワンダ」の映画と、「チョコレートの真実」の書籍を彷彿とするなぁ。日本にいるとなかなか実感できないけど。



シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略 -
シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略 -

未だに14世紀と同じ生活を強いられている世界の最貧国が抱える貧困の罠と、先進国が抱える消費資本主義の課題。
この両極端だけどどちらも世界が一つになって取り組まないと解決できない問題が、同じ地球上に同時に存在している。


シェア 共有からビジネスを生みだす新戦略

衝撃的なプロローグ、太平洋ゴミベルト。
これ知らなかった。世界中から漂流してきたゴミが人知れず溜まる世界最大のゴミ捨て場。
太平洋ゴミベルト ウィキ

ハイパー消費社会、産業資本主義が行き着くところまでいき世界は限界を迎えている。
衛生的な使い捨て文化が度を越し、企業のプロモーションは集団の心理を操って消費を煽る。
クレジットカードの誕生で後払いが日常的になり、より大きな消費の心理的ハードルを無くす。
モノで溢れかえった生活は、もっとモノを買うことでしか満たされなくなるのに、企業は商品のライフサイクルをどんどん短くすることでより消費を加速させようとする。

新しいシェアビジネスが生まれるに至る、今までのハイパー消費社会について書かれてる第一章を読むと、ウルグアイのムヒカ大統領のスピーチを思い出す。
リオ会議でのムヒカ大統領スピーチ 日本語訳ページ
彼の言ってることはまさにこの本に書かれてることと同じだ。
世界が抱えるのは、環境問題ではなく政治問題だということ。
古代ローマでセネカが言う「貧乏な人とは、少ししかモノを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人」。
GDPが幸福の指標にはならないこと。(これは別の本「経済成長って本当に必要なの?」でも詳しく。)
などなど色々と思いつくわけですが、
結局色々と思い至るのはやっぱ「アルジュナ」(か、動的平衡)なわけで、、、太平洋ゴミベルトなんて、ラージャの巣でしかない。10年以上前の日本のアニメでやっちゃうようなわかり切ったことなのに、世界は何も対応できないのか?既得権益って恐ろしい。

ハイパー消費社会が行き詰まりを見せて、新しいコラボ消費=シェアが生まれている。

シェアのモデルは3つ
■プロダクト=サービス・システム PSS
■再分配市場
■コラボ的ライフスタイル

そのモデルがうまくいくための要因は4つ
■クリティカル・マス
■余剰キャパシティ
■共有資源の尊重
■他者との信頼

ある製品を所有するが目的ではなく、利用して受けられるサービス・メリットが目的であるという考え方。
自分には必要のなくなったものだけど、他に必要な人はいる。
私があなたを助ければ、誰かが私を助けてくれる。間接的互酬性。自分のスキルを誰かに活かせば、誰かの力を借りることが出来る。

気になったサービス。カーシェアリング、ライドシェア、カウチネットサーフィン、ソーシャルレンディング、ツールシェア、コインランドリー

これらのコラボ消費のモデルは別に目新しいものじゃない。古代から人間同士で行われてきた取引でハイパー消費社会ではしばしば忘れられてきただけだ。

この昔懐かしいモデルが新たに注目されるのに必要なテクノロジーがインターネットで、これによってコラボ消費モデルの取引コストが著しく下がった。
多くの人が参加できることで取引の選択肢が増える→クリティカル・マスに達する。
お互いを信頼する為に評価システムが発達し、ウェブ上でもその人の人となりが評価される。この評価は個人間でなくコミュニティ全員に共有されるためより良い取引が行われるインセンティブが働く。
取引は2者間で直接されることも多いが、複数人数間で相互に成立できるようなアルゴリズム、システムが開発されより選択肢は広くなった。

コラボ消費は人々の行動を自主的に変えている。コラボ消費のほとんどは環境にいいが、環境にいいからという理由で始まったわけじゃない。消費者は、自己利益の追求という立場をそのままにできるため、ほとんどは自分が「よいこと」をしているという意識すらない。多くのコラボ消費モデルは、正しいことをさせようとするわけではなく、正しいことをより魅力的に便利に変えただけだ。

コラボ消費のモデルは製品をデザインするのではなくシステムをデザインする。脱物質化であり、モノよりコト、プロダクトではなくサービス、また、参加することへの満足感、社会的帰属の欲求を満たす。
そういう意味でデザインの本質は変わったが、実際のところデザインはより重要で、人々の行動を定義し、空間を構成し直し、消費欲求を刺激し続ける。
人々を変えようとするのではなく、システムをデザインし直すことで、一人ひとりにほとんど負担をかけることなく、よりサスティナブルで魅力的な方法で人々の欲求を満たす。


率直に、この本にあるようなビジネスモデルをやりたいと思う。
自分は別にエコロジストじゃないけど、自己利益の追求が結果エコなことならもっといい。
コラボ消費は一人じゃできない。人と人がつながってコミュニティを築くから成り立つ。誰かに力を借りる代わりに誰かに施す。
サスティナビリティって流行り言葉みたいで嫌だけど子供ができてさすがに次の世代のことも思うようになったし、日本がこのままずるずる落ちていくのもやだし、自分のミッションステートメント的にも新しい価値ってのは創りたい。

じゃあサスティナブルなブルーパブって何ができるんだろう。今の醸造技術は大量生産大量消費が前提だけど、昔は違ったか。エネルギー効率突き詰めたり、熱量の回収して再利用?麦芽粕の廃棄をコンポーザーで堆肥化したり?酵母の回収と再利用もそうか。(ドライ酵母って作るのにエネルギーかかりそう)
でもこんだけだとただのエコブルワリーだな、、結局新しい設備や装置を追加しないといけない。
もっと単純に、探せば出てくる中古設備をどんな形でも使えるシステムのデザインとか、結局週一回利用の醸造設備は余剰キャパシティなわけだから、それを自社だけじゃなく他社にも使ってもらう。小ロットなら個人飲食店のハウスエールとかPBも受けやすいだろうし、マニアなホームブルワーでも使えるだろう。中堅ブルワリーのテストバッチやったりもできるか。課題はたくさんあるけど。
マイクロブルワリー的には原料の共同購入とか発注ロット的に過剰在庫になるホップの交換とかできるコミュニティとか。そもそも醸造免許自体が希少性のあるスキルだから、価値の交換はしやすいかも?

そんでブルーパブは飲食店なわけだからそっちでできることってあるか。
飲食店は人が集まる空間。
食事だけを売りにするんじゃなくてそこで出来るコミュニティが大事。オンラインのコミュニティがオフラインで集まるというのは地域の活性というシェアになる。
懐古主義っぽいけど、ご近所でも今は知り合いじゃない世の中でそういうハブ的な役割が出来れば社会的帰属の欲求を満たす。


色々やってみたらなんでも出来そうなんだけどな。
常にネットにつながって他者からの評価を気にかけて生活するってのはどうかと思うけど、ネット社会がバーチャルと言われずリアルと肉薄しつつあるなら致し方ないのか。

取引コストを下げて、みんなにとってメリットのあるシェアをデザインする。

今年一番の読み応えでした。このジャンルの本、多読します。
posted by koji at 18:39| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月31日

努力する人間になってはいけない

気づけば31歳になっております。皆さん祝ってくださってありがとうございました。

久々にちょっと分厚い本を読んでます。図書館で借りました。
ずいぶん前に予約してた本で、順番が回ってきたから借りに行ったんですが、なんでこの本を予約したのか、予約しようと思ったのか思い出せない。笑
読む動機がわからないまま読み始めるという謎の読書は久しぶりです。笑



タイトルは最近のキャッチーな感じですけど、書いてある内容はタイトル通りではない。(それも含めて最近の本ぽいけど。)

書き方は親しみやすい感じで書いてるけど、内容はちょとややこいい。ややこしいというか哲学の知識がないとわからん。のでけっこう読み飛ばしてますが、一部気になった章があったのでそこについて書きます。

以下、引用。
第八章 キャリア教育の諸問題について 学校教育におけるキャリア教育とは何か

接遇=コミュニケーション能力と専門教育
最近の接遇=コミュニケーション教育は間違っている。顧客に感想や需要を直接アンケートする。
本来の接遇は、顧客にわざわざ聞かないで済むための接遇であるべき。
こういった顧客との間違った接遇教育や、コミュニケーション「スキル」主義が、専門教育の衰退を加速させる。
大学や専門学校がキャリア教育やスキル教育に走るのは高等教育の自殺行為でしかない。そんな学校は早晩滅びる。コミュニケーション能力や即戦力を期待する三流企業とともに。

しかし、コミュニケーションなどの抽象的な教育目標は各学部の講座の内容=授業を全く変更する必要がないので、高等教育の学部の教授は反対しない。
教育の本体の改革に手をつけようとしない結果が、キャリア教育の充実という事態を招く。学校本来の教育力で就職させるのではなく、就職ネットワークやパーソナリティ指導で就職させているだけ。

実際、企業が若年者に求める就職基礎能力調査で、「コミュニケーション能力」を上げた企業は85%を超えており、トップの要求をなす。他に、「人間力」「社会人基礎力」「学士力」「生きる力」「創造力」など。。
しかし、これらごもっともな「○○力」も、ここまで言われると、これがどう「若年者就職基礎能力」なのかわけがわからない。これらの「力」能力は、若者に特有の課題ではない。若年者から上になれば自然に身につく能力でもなく、大人の自分たちでさえコントロールできない「コミュニケーション」をなぜ、若年者に特有な課題であるようにでっちあげるのか。だれもコミュニケーション能力を教育できない。

コミュニケーション能力教育の反対は、専門教育に他ならない。
専門的な知識とは、商品知識ではない。
美容師のメイクやカットの技術、獣医師の動物に関する幅広い知識、介護士の食事や入浴などの介護技術は、いずれも専門的な知識や技術に属する。
この種の専門性は、自動車セールスマン=営業にはない。セールスマンが接遇のスキルを会得するようにしては、それらの専門知識は獲得できない。

自動車のセールスマンは、車についてよく知っている人間が必ずしも車をよく売るとは限らない。
セールスマンが車を「知る」ことと、車の整備士が車を「知る」ということは全く別のもの。
言い換えるとこうだ。
セールスマンがどんなに車のことを知ることになっても、その経験を何年重ねても、だからといってセールスマンが車を作ったり整備したりすることはできない。
しかし、車を作ることがでできない、整備できないことはそれ自体、セールスの営業成績とは何の関係もない。

「商品知識」というのは、専門的な勉強と関係なく身につく知識を言う。
「営業の知識」は、限り無く「ユーザーの知識」に近い。専門的な勉強なしには、営業の仕事しかないのである。
セールスマンに「知識」が必要である度合は、その人の人間性、コミュニケーション力が必要という度合とほとんど変わらない。その意味でセールスマンにとって「知識」は単なる道具にすぎない。

それに比べて、美容師や獣医師、介護士などの知識は人間性と代替される道具ではない。それらは「専門的な知識」がないと対象に関われない領域を有する。知識は相対的な道具ではなく対象そのものに関わる。知識の「質」の違いだ。
しかし実際、調理分野と美容分野の両分野は、「技術」職とはみなされず、知識不要な「経験」職とみなされる。



引用はここまで。
特にどこが気になったかっていうのは、最後の「商品知識」と「専門知識」の違い。
これは、私自身がずっと探してた答えの一つでもあるように感じました。

チェーンのカフェで店長職をやっていた頃、コーヒーの商品知識を覚えてたくさん買っていただけるようになった。でも自分でコーヒーを育てたり焙煎したりすることはできない。エスプレッソはおいしく淹れられても、エスプレッソマシンは造れない。
結局自分のできることはコミュニケーションスキルの有無かそのレベルの話であって、他人に代替できるものでしかない。その頃は具体的には認識しなかったけど、そのモヤっとした不満がつのっていたのを覚えてる。

醸造をやろうと思ったのもそう。
普通に、ビールをメーカーやインポーターから買って売るだけだと、コーヒーのそれと変わらない。
転職の際に、ビールメーカーの人と話すうちでもよく聞かれた。コーヒーじゃだめなのか?
コーヒーの業界に入ろうと思ったのは、コーヒーを飲むのが好きだったし、商品知識の世界観が好きで、カフェ文化が新興だったからだ。
商材が、コーヒーと状況が似たビールになっても、確かに同じようなもんだろう。

だからこそ、特にブルーパブに限定したことは、専門性に起因する。
ビールの商品知識がいくらあっても、ビールは造れない。それが嫌だった。
転職する意味もない。

この専門性・専門知識に対する執着は、20代後半からより強くなって、おそらく大学に進学しなかったコンプレックスが影響してる。
自分は大学にいかなかった4年間で、社会人として大きくスキルを伸ばして同年代と差をつけたと思っていたけど、なんのことはない、得られたスキルは代替可能なコミュニケーション力や「経験」的スキルでしかない。

あー、、、こうやって書いていくと、より一層、自分を理解できる。笑

ブルーパブはきっとおもしろい。ただし、私が思うブルーパブは、造った人が、造ったビールを自分で注いで売る。ブルーパブは製造業じゃない。飲食業であり、サービス業。それも重要。
営業の商品知識やコミュニケーション力を有する人間が、専門知識も有する。
別に多くの業界では珍しいことではないと思うけど、このビールの業界ではまだあまり見かけない。これが面白いと思う理由。


この本は全般を通して、けっこう興味深い内容ではあるけど、
今の自分の知識じゃ到底理解しきれないし、今はそういうタイミングでもなさそうだ。
またゆっくり読みたいと思う本。

今日は久々に土曜日を完全にオフにしてもらって、リフレッシュしたと思う。
専門知識を手に入れる時間がもっと必要か。
posted by koji at 00:55| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

世界の貧困

こんなに更新してないのは久々かもしれない。
冬ごもりしてから、更新できそうでできてなかった。



久々にこの手の本を読む。
けど、この本は世界的な話ではなくて、アメリカでの話。
いまだに経済指標として主役のGDP。Gross Domestic Product。国内総生産。
世界が、全世帯中流階級を目指して経済成長していた時代には、この指標は国民の生活の質を測るのに有効だった。
今では貧富の差は二極化が進んで、上位1%の人間がGDPを押し上げ、下位の人間はより貧困に陥っているが、それは判断できない指標となっている。

GDPは、環境汚染が進むと上がる。犯罪や事故が増えても上がるし、離婚や自殺、病気が増えても上がる。まして戦争はGDPをさらに押し上げる。

逆に環境の保全に由来する自然サービスはGDPの数値には含まれず、人々が健康でいる価値、子供達の教育、人々の質的な幸福もGDPに影響しない。


この手の本と思って読んだ最近の本、第2弾。



この本は逆に世界規模での、発展途上国の貧困層の実態について、
現地での精緻な実証実験を幾度となく繰り返して書かれている。
なんとなくおぼろげに想像していた世界の人々について、本人たちの立場から貧困の問題に対する答えを見つけてるのが印象的。

自分の環境がいかに恵まれているのか認識できる箇所抜粋。

P102
私たちは次の食事にどうやってありつければよいか心配する必要はない。
言い換えれば、私たちは自分たちの限られた自制心と決断力をあてにする必要はほとんどないということ。
自分の健康についての正しい決断を責任をもって下せるほどに賢く、忍耐強く、知識のある人など誰もいないということを認識すべき。
豊かな国に住む者は目に見えない後押しに囲まれて生活している。
健康に対する政策、予防的ケア、公衆衛生に対する投資として補助金の多くはすぐに元が取れます。
病気と死亡率が下がり、賃金が増えるためです。
安価で、人々が必要としている薬を変えるようにする、必要のない薬を入手できないように制限して、高まりつつある薬物耐性を予防する。

過干渉かもしれないが、干渉しすぎることの危険性や自分自身のの危険性の責任をもつのはソファにふんぞり返って説くにはお気楽すぎる。
豊かな国こそ、絶え間無い過干渉の受益者ではないか。

情報の非対称。行動経済学の勉強が必要。


この手の本久々。でも読み応えもあって、結論も進歩的。
良い本でした。
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2013年12月02日

坂の上の雲読みました

全然ブログ書いてないです。
最後に書いたのは夏じゃないか。
気づけば冬です。もう師走。
今年の目標は「挑戦」だったわけですが、個人的には挑戦的にすごせたなぁと。
あと一ヶ月あるけど。笑

11月から日本酒の造りが始まってビールからは完全に遠ざかっている。
今年はとりあえず日本酒真剣に造ろうと思います。
ビールとは比較にならないほど複雑な工程で、より繊細な技術と感覚と管理が必要なんだなぁ。
これはこれで、ビール造りに何か活かせるような気もする。
醸造の世界でしっかり技術を持ってる人ってバイオ業界にいた人が多いような。

そしていきなり麹担当になって、
週2〜3日は泊り込みで麹の温度管理をするこの冬。
拘束時間長いけど、空き時間もそこそこあるので、
ビール醸造技術の業界専門書とか読み漁ろう。
それをブログにしようと思います。


というわけで、今更ながら司馬遼太郎の坂の上の雲を読む。
いまさらっていうのは、まぁとある会社の必読書だったからなんですが、
必読する必要もなくなってから読みましたわけで。笑
ちょうど長編歴史小説読みたかったからでした。

ウィキより抜粋↓
『坂の上の雲』とは、封建の世から目覚めたばかりの日本が、
登って行けばやがてはそこに手が届くと思い登って行った近代国家や列強というものを
「坂の上の雲」に例えた、切なさのこもった題名である。

帯には
「明治」という時代を描く壮大な叙事詩
「日本人」とは何か
とある。


全6巻でなかなか重くて、
前半の正岡子規が没するまでのくだりはもやっとして
日露戦争が始まっていく後半はけっこう入り込んで読み進んだ。
読み物としての感想は、やっぱ名著だけにいいなぁという感じ。

で、ここで考えたいのは、なぜこれを一企業が社員の必読書としたのかってことにしようと思います。

@明治維新で、世界に類を見ないほど短期間で近代化した新興国が当時の日本。
これをベンチャー企業の成功と見て、一代でグローバル企業に成長した自社の成長との共通点を見つける。

A国力が乏しく、借金をしてまで戦争をした日本。
巨大なロシア帝国を相手に、少ない兵と限りある資金、物資でも、戦略と技術、努力しだいで勝利する。。
創業時の企業にとって、知恵と努力で資金力のなさをカバーする。工夫が大事。
既存のものに頼らず、常に新たな理論や技術を積極的に取り入れる、自社で開発する。

B統帥のリーダーシップ
ロシア軍のリーダーは皇帝。専制主義はリーダーが愚者だった場合悲劇を生む。
日本は天皇がいながら、政治や軍事は国民が決める。
一人のワンマン社長に頼ってトップダウンだけの組織を組むよりも、
従業員一同が自ら考えて行動できる集団にすれば、トップが不在となっても強い組織を組める。
リーダーは、優秀な部下が自由に行動できるように場を整え、任せる。責任は持つ。

C武士道
明治時代の軍人の最後の武士としての信念。
自己を犠牲にして人を助ける。

D戦いは準備と日頃の訓練によって勝つ
日本海海戦は周到な戦略準備と、完璧な艦隊運動、射距離を統一する砲火指揮の訓練によって世界の海戦史に類を見ないほどの大勝を得た。
考え抜かれた戦略戦術と、それを可能にする技術の向上が必須。

E情報を制する
戦いにおいて情報を十分に得ることで戦略戦術の精度が上がる。
騎兵の索敵行動は現地において。
バルチック艦隊が極東まで遠征する間の情報も同盟国から得ていた。
ロシア帝国を内部から圧するために、ロシアにおいて反政府グループの革命活動を援助した。
奉天会戦の後、ほとんど体力を失った日本陸軍は大勢が有利にあるうちに講和に持ち込むべく、アメリカへ仲介してもらうよう働きかけた。

Fトップの私欲のためには部下は働かない
ロシアが大軍であったのに負けたのは、戦争の目的がロシアは皇帝の私的野望のためであったのに対し、日本は国家存亡の危機にあった祖国防衛戦争のために国民が立ち上がったためであった。
人々を巻き込んでモチベーションを保つには、大儀やヴィジョンが必要で、
強いリーダーシップにはそれが不可欠。


などなどといったところでしょうか。。

企業が必読書として読ませることを思うとどうしても組織論的な意味合いで見ちゃいますね。
作品としてはもっと、文学的にも歴史的にも軍記としてもおもしろいものなんだろうけど。
自分としては、新興国のベンチャースピリッツで、官僚化した大企業に挑む、
っていう見方にするのがしっくりきます。

そして、日露戦争後、日本の軍部もおかしくなって世界大戦をおこなっていくわけだけど、
これも企業が官僚化して腐敗していくのに結局は似ている。
坂の上の雲の主人公の秋山兄弟や明治軍人たちの最後の武士として気構え、武士道を知れば、私欲や慢心を自制して、継続的な自己実現を可能にしていく。ということなのかもしれない。


最近、自分でアウトプットしなかったから筆(キーボード)が進まない進まない。笑
過労でやや脳の活動が低下してるのもあるかもしれない。

というわけで歴史小説もひと段落したので、
醸造の専門の勉強していきます。
posted by koji at 21:40| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月08日

メルトダウン

2011年の3月11日、
私はイベント対応でお台場にいました。
地震の晩は結局お台場から脱出することもできず、
翌朝から社用車で都内を走り回り、店舗と社員の安否を確認して回った。
私だけでなくて、どこもかしこも大混乱してたし、
都内は物理的な被害は大きくなかったけど、社会は麻痺していた。
地震からまる1日以上経ってからようやく家族にも会えた。
その間、情報は車で聞くラジオだけだったので、
津波や原発事故のことをほとんど気にしてなかった。
その後1か月くらいも混乱続きの現場で、目の前のことにしか対応できてなかった。

タイミングがいいといえばいいが、4月には大阪に越してきたし、
関西では、関東ほど地震や原発事故の情報を流してなかったように思う。
なので、この本に書かれてる事実は私にとっては全くすっかりうっかり知らないことばかりだった。
自分が、目の前の手の届くことにだけ注力してる間ずっと、
日本は滅亡しかかってたのかと思うとぞっとする。

読み物としても優れてます。
これがノンフィクションなんだから、既得権益って怖いなぁ。
権力は魔物って帝王学でも何度も書かれてましたね。

原発が本当に必要なのか、資源のない日本で原発なしで本当にやってけるのか、正直わたくしのような一般人には判断できませんけど、今回の福島原発事故が、天災じゃなくて人災であるってことはよくわかった。
結局色んな権力や政治的な思惑があって、リスクだけは国民が背負わされてる。
それはまぁどんな業界でもあることかもしれないけど、原発は権力や金が動くだけじゃなくて人命やそれどころか国が滅亡するリスクまであるんだからハイリスクノーリターン(ごく一部の特権階層にだけハイパーリターン)だと思わざるを得ない。

でも国策で、原子力の技術を輸出しようとか、原発建設を公共事業的に国が電力会社に依頼してるっていうんだからびっくりする。そうなのか知らなかった。日本は原爆で攻撃された唯一の国なんじゃなかったの?この国策を承認する政治家って原爆の恐ろしさを身を以って経験したんじゃないの?(それとも政策立案はもう戦後世代だから関係ないのか?)
日本ってそこまでして成長し続けないといけないのか、とか色々思ってしまう。魂売ってる感があります。
今までそんなことも知らずにいた自分も恥じなきゃいけないのかもしれません。どっちかっていうとエコよりエゴな人間ですし。勉強します。

本の内容色々抜粋してたら長文になってしまったので、以下ご参考までに。



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2012年09月28日

帝王学「貞観政要」の読み方  山本七平

いい本でした。
前回の、武器の本とまったく対照的。
こういう中国この古典書の思想には大国を運営するためのリーダーの哲学が詰まっている。

帝王学―「貞観政要」の読み方 (日経ビジネス人文庫)


この貞観政要という書物は中国の唐の時代のもので、
皇帝・太宗の貞観の治がいかにして成ったか、
政治の要点について書かれている。
日本では、頼朝や北条氏、家康が影響を受けたとされる。
事業の創業よりも、その後の事業、組織の維持・発展の難しさに対する経営論・リーダーシップについて書かれていて、江戸幕府が長期間に渡って維持できたことも、この貞観政要の影響とみられている。

書かれていることは、特に難しいことではなくて、一般的なリーダーシップ本にもある程度同じようなことがある。

そもそも昔の社会では、絶対的権力は一人の人間に集中していた。
しかし、伝統的社会の帝王は決して無限の権力を振るい得なかった。
多くの権力者は、神との契約や天からの命によって帝王となっているのであって、
聖人としての道を外れてしまったら預言者や諌臣(中国ではこのような役職を諌議大夫という)によって糾弾される。

それでも権力は人を変える魔物であり、多くの権力者が道を誤ったが、
要は、そういう自覚を持って自制し、周りからのアドバイスに謙虚に耳を傾けられるかどうかが重要。
兼聴=多くの人の率直な意見に耳を傾け、その中から、これはと思う意見を採用すること
偏信=一人のいうことだけを信用すること
権力を持てば、誰でも偏信になっていくが、これを自戒する心構えが必要。
周りにイエスマンばかり置いても意味がなく、意見は多いほど良い。
集合知にも通じる。

十思・九徳の心構え。
これがあれば、上司も部下も組織で最大限能力を発揮できる。

組織がうまくいき、問題が発生しなくなってくると、
いわば「統治されている」という意識さえ持ち得なくなっていく。
自由や、平和、安全などは空気のようなものだから、
それがが確保されているときは人は意識しないし、これが不可欠の前提で、
この前提を創出して維持してくれている人は誰だろう、などとは考えない。
簡単に言えば、リーダーは「感謝しろ」といった意識を持ってはならない。

六正・六邪の人の見極め方。ビジョナリーカンパニーの適切な人材の登用と同じく。

虚栄心を自制する。
必需・常需には限度があり、満たされればそれでよいが、
それを超える虚需には際限がない。権力者は自ら戒めない限り膨張していく。
さらにそれは部下にまで伝播していき、虚栄心の多い人間でとりまきができる。

部下の心構え。
嗜欲喜怒の情は、賢愚皆同じ。
違いは⇒賢者は能く之を節して、度に過ぎしめず、愚者は之をほしいままにして、多くを失う。
「義」と「志」が忘れられた現代。

栄貴よりも徳行。
権力や社会的地位はその人間が生きてその力を振るいうる限りのものでそれ以上の影響力はない。
ある人物の死後、人々は何でその人物を量るのか。
権力でもなく、社会的地位でもなく、いわば「人格的な力」である。
ドラッガーの言葉で言えば「品性」。
その人物が後世に遺しうるものは「高尚なる人格に基づく生涯」だけである。


組織のリーダーとしての資質について書かれた本では、
文庫本200ページちょっとで満足感のある一冊。
1983年に刊行された本ではあるが、そもそも長い歴史にさらされて残ってきた古典書を題材にしているので、
その本質が30年やそこらで時代に合わなくなるというのも考えにくい。

さらに面白い指摘がある。
現代は民主主義であって、「民衆」が「主」なわけである。
権力は分散するが、裏を返せば多くの小帝王を生じうるということでもある。
さらに、現代で最も大きな権力を握っているのは「大衆」かもしれない。
権力を持てば誰でもその魔力に道を間違えるが、
「大衆」という権力は常に責任の所在がない。
責任を負わないということは、リーダーに必須の自制心を喪失することであり、群集心理の恐ろしいところ。
その大衆が権力を握り、「大衆=帝王」となればどうなるか。
それは人類史上最悪の暴君かもしれず、これは現代が抱えている最も難しい問題かもしれない。

まさしくタイムリーなデモや暴動とか、そのまま当てはまる。
この本の冒頭には、現代に最も必要なものは「帝王学」かもしれない、とある。
複雑な仕組みの現代社会では、一人ひとりがリーダーの資質、
自制心、人の言葉に耳を傾ける謙虚さや素直さ、義や志などなどについて学ぶ必要がある。


ゲリラ戦を生き抜くための一冊も確かに面白いし確かに必要なことが書かれているけど、
人間の本質を問うようなこの一冊の方がより沁みる。

父が自分の会社でどういう仕事ぶりだったのかはまるで見れないままではあったけれど、
聞こえてくる話ではこの本に書かれているようなリーダーシップもあったんだと思う。
そして、父の人格的評価が高かったからこそ、死後も忘れられず敬意を寄せられる。多少の差はあるだろうけど。
父の権力や社会的地位は息子には伝わらないけれど、人格的評価はそうじゃないかもしれない。
愚息にならないように自分も徳行を積もうと思う。



そんでこの本がアツイ!グイグイ引き込まれる。
posted by koji at 12:28| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月20日

今こそ欲しい武器

月一連載的な感じになってます。
久々に家でのんびりした時間を作れたので、ブログを書こう。

最近、家族的な状況が少し変化しておるのですが、
それにあわせて自分の状況もどうしていこうかと考えております。
鉄板焼屋は昨年夏からの上り調子から、現在踊り場でじだんだ踏んでいる。
ここをブレイクスルーしてもらわんと正直先がないんですけど、
もっと本気で介入したほうがいいかもと思ったり。
宣伝とか広告販促はこっちでけっこうコントロールできてはいるけど、
メニューや原価・経費コントロールは丸投げしたまま。
現場に立ってるわけじゃないから、顧客管理は無理にしても、
不勉強な料理人のマンネリメニューには口出しできると思うし、
どんぶり勘定の原価や経費については客観的にだからこそ突っ込める部分もある。
とか色々考えると、どうすっかなーという感じ。

クラフトビールの醸造責任者の方ともお会いできる機会があって、色々教えて頂いたんだけど、プロフェッショナルをひしひしと感じてとても刺激になった。
あと、醸造設備は小規模であれば中古でけっこう入手可能で、
自分の想像よりも案外安くそろうかもしれない。
でも酒造免許や許可はなかなか簡単にもらえるものじゃないということもわかった。
これは参入障壁ってやつなわけだけど、じゃあ一度壁の向こう側に入ってしまえばメリットも大きい。
クラフトビールは規制緩和して地ビール屋が乱立した時期からどんどん淘汰されてきてるらしく、200社ほどあるうち50近くは休業状態だそうな。
あと衝撃的だったのは、日本のクラフトビールのうち7割近くは、乳酸菌汚染されてるらしい。
まぁビールも生き物だし、そもそも設備産業・工業製品であるものを個人で小規模でやろうってんだから、色々うまくできないことのほうが多いだろうなぁ。
この数年でビールフェス的なものが急増しており、たぶん「もやしもん」効果だろう、またブームは来てるみたい。
特に関東方面では新規参入もあるし、流通も消費も伸びてる。反面、関西はまだまだ。ブームはくるんかな。

というわけで、色々考えつつ、
本業では人材育成を久々にやろうかと重い腰を上げてみることにしました。
うちの会社はほんと若者ががんばってがんばって助け合ってるいい会社だと思う。
けど、みんなが若いから縦の関係も横と同じような感じになってしまってて、
部下に成長を強要(って言い方は語弊があるかもしれないが、、、)できず、
自分も強要されないので、いつまでも同じレベルで仕事をすることになる。
そういう意味で、会社の成長の割に末端の現場社員は成長できておらず、一部の中間層に負荷がかかるという悪循環があるような気がするのです。
会社は儲かってるかもしれないけど、それは多くの社員が成長できないために薄給で働いているからなんじゃなかろうかと。年の近い人間がみんな頑張って支えあってる、という環境的な居心地の良さだけで会社にとどまっている人は多い。それはとても不安定な状態。

あーこんなことろで堂々と批判してしまった。笑。ナマいってすいません。
なので、私は私なりに会社にとって良いと思うことをやっていきます。

最近読んだこの本は、そんな若者に向けて書かれている。


最近本屋でも平積みされてるの多かったので読んだ人多いでしょうか。
京大の教官が書いた割に、若者向けに書かれてるので内容はかなり簡単。
それでもこの本が売れているっていうのは、簡単なことなのにみんなわかってなかったのか、わかったふりしてたのか、わからない方がいいと思ってたのか、なんなんだろう。

この本は基本的に高学歴で有能な人に視線を向けて書かれてる。そりゃまぁ京大生の教官だからしょうがない。
高学歴なのにワーキングプアにならないようにするための思考法であって、
高学歴でもなく勉強ができない人でも高学歴で勉強ができる人の上に立つための思考法ではない、って感じです。
個人がゲリラ戦を戦うために必要な武器については確かにこの本には多く書かれていて、自分という資産をリスクを取ってリターンを得るためにどこに投資すればいいか?という考え方はとてもよくわかるし共感できる。
どちらかと言えば自分自身そうやって行動してきたし、ゲリラ戦で人を出し抜いてきたと思う。

でも、今の世の中で本当に必要なことについて書かれてないような気がする。
世の中の全員がゲリラ兵になっちゃったら、どうなる?
ゲリラ兵にもなれない一般兵のほうが大多数じゃないか。

だから私が思うに、今、高学歴で有能な人に配られるべき本当に必要な武器は、
そういう一般兵の人も一緒に巻き込んで投資家的に戦勝できる軍隊(組織)を築くための武器、
そしてそれを運営していくための武器、なんじゃなかろうかと。
だから必要なのは武器じゃないな。一人で持てるような武器ではない。
一人で生き残っても豊かさは手に入らないと思うから。

たぶん本当はそういうところまでこの本は言いたかったんだろうけど、
ページが足らなかったからだろう。笑。
哲学や思想について最後の方に少しだけ触れてくれてる。
本当に有能な人こそ、ゲリラ戦だけじゃなくて正規戦でも勝てる名将になるべき。
自分もそうなりたい。

で、そいやまだ勉強してなかったなと思って次に読む本。


過去には権力は一人の人間に集中していたけれども、
それでも優れた統治者は正しく人々を治めた。
イメージ的には物騒な感じですが、帝王学おもしろそうです。
posted by koji at 11:57| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月20日

つながらない生活 「ネット世間」との距離のとり方

1か月以上も投稿してませんが夏休みを満喫しております。
母方の田舎へご先祖様の墓参りにいき、山奥で親族集合の合宿。
先祖の供養とバーベキューと酒盛りと川遊びと山道ランニングで心身ともにリフレッシュ。

ご先祖様への感謝ってこの数年で少しばかり感じられるようになってきました。
自分が人の親になったことも少なからず影響していると思います。
人間一人の人生をスタートさせられるってすごいことだなぁと思うと同時に、
自分もそうやってスタートさせてもらったんだなぁ両親に感謝だなぁと思って、
そしてその両親もそのまた両親にスタートさせてもらったんだなぁつがなりってすごいなぁ。ということなんです。七つの習慣の相乗効果の影響もありますが。

そんで友人の坊さんとも最近コミュニケーションを取ったり、
霊山に登って仏の道に仮入門してみたりして色々自分の思想も変化を見せております。
一生涯無宗教無神論って感じでしたが、別にそこまでそれに執着するこたない。
きっと今まで神にも仏にも必要を感じないほど自分は未熟だったんだろうと。神仏にすがらないといけないほど自分は落ちぶれていない、なんて思ってたのかもしれません。今も別に救われたいわけではないんですけどね。
宗教も自分の成長を促してくれる触媒になるんだなぁと理解できるようになった。なるほど幾千の年月を越えて残る思想には学ぶことはたくさんあるものだ。
って何の話やって感じなんですけど、つながりって大事ですよね。

そして神とも仏とも別に何の関連もないこの本について書きます。




久々に自分的におもしろい本でした。丸々鵜呑みにするって感じでもないんですが。
フェイスブックを使い始めて1年以上なりますが、
SNSがここまで生活に入り込んでくるっていうのはなかなか新鮮でした。
ですが、その反面、色々違和感もあって、友達の数が増えれば増えるほど違和感は強くなっていきます。
その違和感がなんなのか、この本を読んで理解が広がりました。
うんうんそうやなーって箇所が比較的多かった。


この本では数々の通信機能を持つデジタル機器全般をスクリーンと称しています。
現代では、スマートフォンやタブレットがスクリーンとしては一般的。この10年での世界的に普及してます。
スクリーンは人々同士のつながりを広げてくれる素晴らしいテクノロジー。

だけど、つながればつながるほど人々は忙しくなっていく。
誰しも、内向きと外向きの両方の精神世界を持っているが、つながりが増えるほど外向きの比重が大きくなって、ものの考え方や暮らし方を決める際に外の世界に頼るようになってきた。

テクノロジーは素晴らしい。つながればつながるほど望ましい。
という無意識的な価値観によって、スクリーンと向き合う時間を最大化している現代の“つながり至上主義”。つながりは善、つながらないは悪。

しかし、こうした暮らし方によって色々な問題が生じてきている。という気づきが広がりつつある。
つねにつながっていることによって、外的な刺激・情報に反応するだけでとてもとても忙しくなった。
また、知りたいこと、必要な答えはググれば教えてもらえるようになった。
このような環境で人は「奥深さ」を失っている。
自己に問い掛け、考えを掘り下げ、潜在的なアイデアや使命に魅入られる感覚。
心を鷲づかみにされる。経験に引き込まれる。
自分は他人から離れて独り立ちした、という自覚は必要だ。
「孤立」は一人であることの苦痛を、「孤独」はその歓喜を表す。

テクノロジーや数々のスクリーンのツールは生産性を高めるためのものであるはずだが、
つながりすぎ(=ハイパーつながり)によって逆に生産性を下げている。
常に並行して複数とつながっているために、一つのことに対して集中し続けるのが困難になり、一度中断した作業に戻るために、想像以上のロスが発生している。
クラウド(集団)の英知も、個々人の経験には何の影響も及ぼさない。

他人とのつながり、という本来的に好ましいものが欠ける状態によい印象はない。
手を伸ばせばその先に世界全体があるなら、手を伸ばす“べきだ”という気持ちが心のどこかに芽生える。
また、デジタル化の流れに乗り続けなければ、周りから取り残されるという感覚。
世界の産業界、メディア界が、生き残りのためにこの流れを一層加速させる。
モノ・サービス・アイデアをできるだけ多くの人に売って利益を得るのが目的であり、
競争力の最たるものはテクノロジーである以上、ビジネス上でのつながりはいくら多くても困らない。

しかし、物事はそう単純ではない。ハイパーつながりによる問題。
@人々の内面、心理面、感情面に動揺をもたらし、様々な症状を発症している。
Aスクリーンを眺める時間が増え、家族や友人と向き合う時間が減ったために人間関係が悪化している。
B企業などの組織で従業員の気が散り、業績に悪影響を及ぼしている。

スクリーンに向かってばかりいると失われるものこそ、深みである。
スクリーンは数々の素晴らしい仕事をこなしてくれるが、そのスクリーンをもってしても生み出せない体験があり、そのような体験こそが何より貴重である。
つながりを離れた時の経験と、つながりの中の経験の相互作用によってより豊かな人生を得られるはずである。

こういった新しいテクノロジーの変化によって、
忙しい、情報が多すぎる、どうにも落ち着かない、といった問題と、
人類は実は何千年も前から戦っている。
歴史上の7つの時期のテクノロジーの変化をめぐる狂騒と、
それぞれのテクノロジーについて深く考え抜いたその時代の賢人を紹介する。
(賢人の紹介はずいぶん長くなったので追記にて)



ちょっとまとめようと思ったらどうもまとまりにくいんですけど、
言いたいことはそんなに難しいこっちゃないんですよ。
過度につながり続ける状態はムダと混乱をもたらし、
つながらない状態を選択することで自分に深みをもたらすゆとりや余裕を意識的に作ろう。
ってことなんですなぁ。
そんなことはわかってるよって思うかもしれませんけど、
わかっててもフェイスブック中毒になっちゃってるインテリ層の人はたくさんいて、
なんとなくつながってる状態が善ってやっぱり思ってるから意外とハマっちゃってる。

もちろんつながりが全く不要なわけではなくて、
全てのつながりが必要ではない、ということをもっと理解すればいいということ。
フェイスブックの友達の中にも、この人の近況別にそんな知りたくないなーって人いる。笑

とはいえ私自身はこの10年間、積極的にデジタルツールを導入して、
つながり続けようと努力してきたものであります。
人とのつながりもプライベート、仕事の両方で大切なものと思っている部分も大きいし、つながり至上主義者と言えると思う。
たまたま仕事的に、スクリーンに向かい続ける仕事ではなかったから弊害が少なかったのかもしれない。
それでも、この種の違和感(つながりすぎによる慌ただしさや不安感)を感じることもあって、この本はなかなか自分的にはツボだったのだ。
(正直、ブログでまとめるのが難しかった。内面世界への哲学という解決が抽象的だった。)

現代の世の中は、情報を活用する、利用することが何でも競争上有利に働く。
だからみんな自分で考えるよりも短時間ですむ、共有された情報を検索する方法を安易に選ぶ。
なるほど確かにこれは利口なように思われるが、自分で何を考え抜く、生み出すという活動を停止させてしまっている。
クラウドによって、つながりの集合知の可能性に私個人は期待するけれども、ただ開かれた世間にアクセスするだけでは集合知は生まれない。

24時間つながり続けることで、世界は狭く、加速度的にめまぐるしく発展し続けるようになった。
そこには、つながりを活かして自らをより生産的で高次へと導く人間と、
つながりに依存して考えることをやめたメディアの奴隷となった人間との、格差社会がある。

この著書は、格差社会にまで言及はしてないけど、個人個人の豊かさへの提案は、長く見て格差社会を少しでも改善するような提案に思える。
ちょっと単純化すれば、今までつながり続ける人たちがつながらない時間を作るってことは、テクノロジー的につながっていない人たち(後進国や発展途上国でも貧困層)にとっての不利(経済的な)が少しでも減るってことだと思う。

でも、このつながらない状態を一人で選択するっていうのは勇気がいるんじゃなかろうか。
結局は、豊かさの定義という哲学的な問題をはらむから。難しいのだ。


書けば書くほど長くなってきたのでこの辺で切りましょう。
「ウェブ進化論」を読んだ時には、こんな問題はまったく取り上げられてなくて、世間は過度のつながりに未知の恐怖を感じて否定的だったから。そう、だから人間はこうやって進化しているんだなぁ。


そして、じゃあ自分はどうしようか?という問いに戻るのです。
 
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2012年01月15日

ビジョナリーカンパニー2

この半月でビジョナリーカンパニー1と2とを読んでおりましたが、
読了致しました。1もせっかくまとめたので2も軽く。




まず、1と2はもちろんお互いに補完しあうような調査結果となっているが、
1では、「永続する偉大な企業を一から築き上げるには何が必要か?」というのがテーマになっているのに対して、2は「凡庸な企業を偉大な企業に変えるにはどうすればいいのか?」というのがテーマ。

1で取り上げている企業は、初期の指導者が偉大な企業への飛躍をもたらす枠組みを適用している。
2では、凡庸だった企業が、ある転換点を境に偉大な企業へ飛躍する点で異なっている。
この違いはあるものの、調査結果で導かれた概念はお互いに関連していた。


P2
良好(good )は偉大(great )の敵である。
良い企業の大部分は現状から抜け出せず、偉大な企業になれない。

P69
◆第五水準のリーダーシップ・経営者
企業幹部の能力の最高位。個人としての謙虚さと職業人としての意思の強さを併せ持つ。
野心的ではあるが、野心は何よりも会社に向けられていて、自分個人には向けられていない。偉大な企業への飛躍に必要であれば、どれほど大きく困難な決定でも下していく。
自分の去ったあとでも会社が偉大な成功を収めるよう後継者を選ぶ。
功績を、自分の偉大な能力の為と思わず、外的要因、幸運とすることが多い。逆に失敗したときには、自分に責任があると考える。
第四水準以下の場合は逆に成功を自分の功績だと考え、失敗を外的要因、不運のせいにする。

第四水準⇒有能な経営者 明確で説得力のあるビジョンへの支持と、ビジョンの実現に向けた努力を生み出し、これまでより高い水準の業績を達成するよう組織に刺激を与える
第三水準⇒有能な管理者 人と資源を組織化し、決められた目標を効率的に効果的に追及する
第二水準⇒組織に寄与する個人 組織目標の達成のために自分の能力を発揮し、組織の中で他者とうまく協力する
第一水準⇒有能な個人 才能、知識、スキル、勤勉さによって生産的な仕事をする


P101
◆最初に人を選び、その後に目標を選ぶ
「人材こそがもっとも重要な資産」ではなく、「適切な人材」こそがもっとも重要な資産。
適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、次にどこに向かうべきかを決める。
ビジョンも戦略も戦術も組織構造も技術も、「誰を選ぶか」を決めた後に決める。
適切な人材を選ぶにあたっては一切妥協せず、厳格に行動する。幹部にこそ厳格な対応が必要。
成長の最大のボトルネックは何よりも適切な人材を採用し維持する組織の能力。
最高の人材は最高の機会にあて、最大の問題の解決にあててはならない。

適切な人材があつまる組織では、最善の答えを探し出すために活発に議論し、激論を交わす。その一方で、方針が決まれば自分が担当する部門の利害を超えて、決定を全面的に支持する。
このようなチームにいると、終生の友情を築くことが多い。互いに尊重しあい、同じ仕事を全員で愛している。

P114
◆厳しい現実を直視する (だが、勝利への確信を失わない)
カリスマ的で強力な経営者はひとつ間違えれば、社内の人間にとって事実上の現実になる。
社内の人間が、社外の現実やそれが自社に与える影響を直視できなくなり、経営者の顔色ばかり見る。部下が厳しい現実を報告しなくなる可能性がある。
カリスマ的でない経営者の方が、長期的な実績がよくなることが多い理由はここにある。

P140
自分のおかれている現実の中で最も厳しい現実を直視する。それでも最後には必ず勝つと確信する。

上司が意見を聞く機会、真実に耳を傾ける機会が十分にある企業文化。
@答えではなく、質問によって理解、指導する。
A対話と論争を行い、強制はしない。健全な対立に自主的に参加する。
B解剖を行い、非難はしない。失敗に学び、非難を目的としない。
C入手した情報を無視できない情報に変える仕組みを作る。現実の変化を早い段階で察知し、対応できるシステム。

従業員の動機付けに努力しても無駄である。適切な人選であれば全員が意欲的である。現実を無視して意欲を挫かないようにする。

P187
◆針鼠の概念 (三つの円の中の単純さ)
偉大な企業は針鼠。針鼠は単純で冴えない動物だがたった一つの肝心な点を知っておりその点から離れない。偉大でない企業は狐に似て賢く様々な点を知っていて行動力もあるが一貫性がない。

針鼠の概念は、三つの円が重なる部分を深く理解することが重要である。前章の、厳しい現実を直視することに続いており、自社が置かれている現実を深く深く理解すること。

三つの円
@自社が世界一になれる事業
「なりたい」ではない。たとえ現在の中核事業(=コアコンピタンス)であってそこそこの能力があり利益があるとしても、世界一になれないのなら偉大な企業にはなれない。

A経済的原動力(利益)になる事業
事業の経済的な現実を深く理解し、最大の影響を与えるただ一つの指標の分母を導き出す。「X当たり利益」という財務指標を採用し、長期に渡って一貫して上昇させていくことを目標にする。

B情熱を持って取り組める事業
従業員の動機付けのために「情熱」が必要だと呼びかけるのではない。自分たちが情熱を燃やせることだけに取り組むのである。

この三つの円がすべて重なる部分が何であるか、常に理解してそこから外れないようにするよう注意しなければならない。戦略、戦術はこの概念を基礎とする。この理解のために、評議会というシステムが有効である。

P228
◆規律の文化
人ではなくシステムを管理する。
偉大な企業には、自ら規律を守り、規律ある行動をし、三つの円が重なる部分を熱狂的とも言えるほど重視する人たちが集まる企業文化を作り上げる。
規律ある人材→規律ある考え→規律ある行動。管理の必要のない人たちの組織となる。
この規律・制約のある一貫したシステムの枠組みの中で、従業員に自由と責任を与えている。
世界一になれる部分を見つけ出す規律、その可能性を現実に変えるために必要な点をすべて行う意思が必要。ここでも針鼠の概念を守る。

第四水準以下の暴君による規律は短期的な効果しかない。

P260
◆促進剤としての技術
技術は勢いを作り出すのではなく飛躍の主因にならない。
三つの円を理解し、飛躍を始めた後に、自社の針鼠の概念に直接適合する技術を導入し、その技術の先駆者となることで技術が促進剤となる。
これは、技術をうまく活用するにはまず、どの技術が自社にとって重要なのかを判断できなければならないからである。深い理解が必要。

偉大な企業は高い理想と深い欲求を実現させたいという自らの衝動に動かされ新技術を用いるが、凡庸な企業は外部から取り残される恐怖によって動かされ、不必要な技術まで求めてしまう。

P295
◆弾み車と悪循環
劇的な転換はゆっくり進む。偉大な企業の飛躍は外部から見れば劇的で革命的だが、内部から見れば生物の成長のような積み重ねの過程のように感じられる。
最終結果がどれほど劇的であっても、偉大な企業への飛躍が一気に達成されることはない。
決定的な行動、壮大な計画、画期的な技術革新、魔法のような瞬間はない。

初めはわずかに前進するだけでも並大抵ではない努力が必要だが、長期間に渡って、一貫性を持たせて一方向に発揮し続けていれば、やがて突破段階に入る。
凡庸な企業は、この準備段階の努力を飛び越して一気に突破段階に入ろうとする。そして業績が期待外れになると、右往左往して一貫した方向を維持できなくなる。


P323
なぜ偉大さを追求するのか。
偉大さを追求することはさらに働きすぎがひどくなることではない。
今、実行している点の大部分が、力の無駄遣いであることを認識する。
仕事の時間の半分をこれらの原則の適用に充て、それ以外のほとんどを無視するか中止すれば、人生が単純になり実績がはるかに向上する。

P330
本当に問題なのは、「なぜ偉大さを追求するのか」ではなく「どの仕事なら偉大さを追求せずにはいられなくなるのか」。



この本は読みやすいです。
各章末に、章の要約として重要な記述を改めてまとめてくれてます。基本的にはそこだけ拾ってもけっこう理解できます。概念の実例や引用が各章の内容となってるので。

ちょっと結論が、「好きなことを仕事にしよう」って感じになってしまってこれまでのたいそうな調査結果やレポートが台無しになってしまうではないか。笑。って感じもしましたが、まぁそれはそうですよね。偉大な企業を築くには、そこにいる人が心底惚れ込んだ事業でなければいけないと思います。
また、偉大さの追求がシンプルさと実績の向上につながるっていう点は気付き、というか、救いですよね。

あと、これはやっぱり組織の話であって、個人プレーを前提としたものではないわけですが、うーんなんていうかな、、、
ある伝統工芸の職人さんが個人として追求する仕事への姿勢、熱意、精神、規律と同じものなんじゃないかと思うんです。プロフェッショナリズム。

これをいかに組織に拡大して適用するか。いや、このシリーズは適用の方法論は実例でしか書かれてないのですけども。あくまでも調査結果から導かれた概念を記してるだけです。

一個人であれば個人の努力ですむこの概念を、組織全員で築き、維持する。
この本に出てくる規模の大きな組織でこれを適用するのは想像もできない大変さでしょうが、たとえば10人20人の中小企業でならどうだろうか。
偉大な企業と同じように、全員がお互いに尊敬しあい、同じ仕事を愛している。
そして儲かっている会社。
そんなのなら最高だなぁ。

もしこの本の言うとおりにするのであれば、先にビジネスのアイデアや商品を探すよりも、まずは一緒に働く仲間を探さなければならないということだ。
それはそれでもちろん大変。情報を取り込んで、発信していかないとと。
なので、一人で本ばっかり読んでてもしょうがないなと思います。色々活動しよう。実は内向的な活動が多いんですよねぇ。
じゃ、次はこれですかね。



結局本読むのかっていう。笑
いい本ってのはいいもんです。
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2012年01月09日

ベンチャー企業

ビジョナリーカンパニー2が思っていたより面白い。
この手の本の続編はあんまりなことが多い気がするのだけど。

全体については改めてまとめますが、
スピンオフ的な感じでメモしときたい記述があったので先に引用しとこう。


P192
ベンチャー企業が偉大な企業になる例は極めて少ないが、成長と成功への対応を間違えるからだ。
ベンチャー企業の成功は、創造力と想像力、未知の領域への大胆な進出、先見性に基づく熱意によるものである。
会社が成長し、事業が複雑になると、成功によって足をすくわれるようになる。
新しい従業員が増えすぎ、新しい顧客が増えすぎ、新しい受注が増えすぎ、新しい製品が増えすぎるのだ。
かつては楽しかった仕事が、混乱の極みになって手に負えなくなる。計画がなく、経理体制がなく、システムがなく、採用基準がないことから、摩擦が生まれる。顧客に関する問題、キャッシュフローの問題、スケジュールの遅れの問題。

これらの問題に対応して、誰かがこう言い出す。
「大人になる時期がきた。経営管理のプロが必要になっている。」
一流企業で経験を積んだ経営管理者を雇うようになる。
手順や手続き、チェックリストなどがはびこるようになり、なんでも平等だったかつての雰囲気がなくなり、階層構造が作られる。
指揮命令系統が初めて姿をあらわす。上司と部下の関係が明確になり、特権をもつ経営幹部の階層ができあがる。「われわれ」と「やつら」の区別があらわれ、普通の企業に近づいていく。

やがて経営管理者が混乱を収拾する。秩序を作り出して混乱を抑えるが、同時に起業家精神を殺してしまう。
創業当時からの幹部が不満を口にする。
「この会社も面白くなくなった。以前なら仕事に必死だった。いまではバカげた書類を書くのに時間をとられ、バカげた規則を守らなければならなくなった。最悪なのは、何の役にも立たない会議で、バカのように時間を取られるようになったことだ。」
創造力も衰え、創造力の豊かな人たちが、官僚制度と階層制度の膨張に嫌気がさして会社を辞めていく。興奮を呼んだベンチャー企業も並みの企業になり、これといって強みのない企業になる。凡庸さという癌が猛烈に増殖する。

起業家精神の死をもたらす悪循環。官僚制度は、規律の欠如と無能力という問題を補うためのもである。
しかしこの問題は、はじめに適切な人を選ぶようにすればほぼ解決する。
ほとんどの企業は、ごく少数、紛れ込んだ不適切な人を管理するために、官僚的な規則を作る。すると適切な人たちがバスを降りるようになり、不適切な人たちの比率が高まる。すると規律の欠如と無能力という問題を補うために官僚制度を強化しなければならず、結果、適切な人がさらに去っていく。


思わず引用してしまう部分。なんとなくとてもよくわかるこの悪循環。
官僚制度と階層制度を用いず、規律の文化を作り上げることで、起業家精神と補完することができる、という指摘。

根気のいる作業だと思う。偉大な組織には、自らを律する文化が必要。人は楽をしたがるしズルをしたくなるし、でも人よりも評価されたい、上に立たれるより立ちたい、と思うものだと思う。

そうだったこのブログはフードビジネス起業ブログだった。ベンチャーという単語には常にひっかかります。

さ、明日も続きを読もう。
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2011年12月27日

ビジョナリーカンパニー

クリスマスも終わって年末です。

とりあえず23〜25日にかけてすてーき屋をお手伝いしました。
昨年対比で130%は達成しそう。よかった。

組単価で33,000円もうちょっと延ばしたかったけどドリンクが全くといっていいほど動かなかったなぁ。
クリスマスは30才前後のカップルが多くて、若者のアルコール離れってことなのかそれとも予算の問題なのか聖なる夜に酔っぱらってしまってはいけないということなのか。

逆に1月は飲みメインで使ってもらおうと試験的に飲み放題のプランも作成してアップ。様子見。
2月はバレンタインのデート需要を狙おう。
今年の右肩上がりの勢いを来年1月2月の閑散期で試したい。


さて、今年振り返って。
大きな変化のある年でしたね。地震もあったけど。
長らく働いていた東京を離れました。地元大阪に戻りました。
高い買い物もして、安定した生活を家族で送れた気がする。保育園にも入れて、子供もすくすく成長。
二人とも実家が大阪なので、義父母も母も孫に会えてうれしそうだし、兄弟もみんな大阪に今はいるので家族というか一族でのつながりも改めて持てた。

仕事は降格してでも続けられて会社の恩義に感謝。まだそれには報いれておりませんので来年がんばります。
2年前にはこのブログで昇格についてしつこく書いてたなぁ。正直にいうとあれほどしつこく言って昇格させてもらったので降格には無責任な自分に情けなさを感じていたし、上げてくれた上司と頑張ってくれていた部下に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。地震直後で逃げ帰ったようにもなったし。温かく送り出してくれたみんなに感謝。
関西では一現場社員ですが、みんな温かく受け入れて(?)下さって一緒に働かせてもらってこれまた感謝です。
というわけで、人に感謝して少しは謙虚になれた一年だった。
そういう点で自分の成長を感じております。

来年はもっとアグレッシブにいろんなことをやりたい。友達も近くにいるし、関西で自分の世界を広げたい。
ステーキ屋の立て直しもその一つで、売上的なこともあるけど、ステーキ屋のことを考えるうちで、自分にできることを形にしてみたい。「食」の業界でニッチでもやっておもしろいことを探そう。試そう。


というわけで、今日は長いです。
ここからビジョナリーカンパニーについて書きます。笑



先見性のある企業と書いてあるがビジョナリーカンパニーはビジョナリーカンパニーです。長期(100年とか)に渡って繁栄し成長し続けいている企業。

この本でビジョナリーカンパニーとされている企業は、3M・アメックス・ボーイング・シティコープ・フォード・GE・HP・IBM・ジョンソン&ジョンソン・マリオット・メルク・モトローラ・ノードストローム・P&G・フィリップモリス・ソニー・ウォルマート・ウォルトディズニーの18社。
そして、それぞれに比較対象企業として同じような業界で大企業(過去形の会社もある)を選び、ビジョナリーカンパニーとそうでない企業は、何が違うのかを検証しています。

本の序章にある、12の崩れた神話という部分があります。
ビジョナリーカンパニーを調査しているうちに、一般的なビジネススクールでは正しいとされていることが必ずしもそうではないということがわかります。
この12の項目が、その後の章の構成と同じになってるのでそれに合わせて記述します。


@すばらしい会社を始めるには、すばらしいアイデアが必要。
 ⇒ビジョナリーカンパニーには、アイデアを全く持たずに設立された企業も多い。一つのアイデアを形にするために企業を作るのでは長期繁栄はできない。次々にすばらしいアイデアが生まれ、形にできるように企業・組織を作る。企業そのものが究極の作品。企業を製品の手段とするのではなく、製品を企業の手段とする。

Aビジョナリーカンパニーはビジョンを持った偉大なカリスマ的指導者が必要である
 ⇒必要ない。逆に、一人のカリスマ的指導者だけに頼ると、世代が変わった際に会社の長期展望にマイナスに働く可能性もある。ただし、指導者は優秀でなくてはならないが、ビジョナリーカンパニーは極めて優秀な経営者を育成し、社内で昇進させる点で比較対象企業より優れている。優秀な経営者の継続性を保つ組織の仕組みがあるからこそ、ビジョナリーカンパニーが卓越した企業になりえる。(これを本書では、「時を告げるのではなく、時計をつくる」と比喩している。)

Bとくに成功している企業は、利益の追求を最大の目的としている。
 ⇒利益はビジョナリーカンパニーにとって、大きな原動力ではあっても最大の目的ではない。目的はさまざまだが、単なるカネ儲けを超えた基本的価値観や目的といった基本理念を大切にしている。しかし、その結果として利益を多く生む企業となっている。基本理念の追及と利益の両方を追及するが、利益のために基本理念に反するということは絶対にない。

Cビジョナリーカンパニーには、共通した「正しい」基本的価値観がある。
 ⇒ビジョナリーカンパニー同士を比較しても、同一の「正しい」基本的価値観はない。共通する決定的な点は、内容ではなく、理念をいかに深く「信じて」いるか。一貫して理念が実践され、体現されているか。理念は作り出すようなものではなく、企業の内側にあるものを見つけ出すものである。理念を表すことで、企業はその通りになる力が強くなる。一貫性の追求。

D変わらない点は、変わり続けることだけである。
 ⇒基本的価値観、理念は変わらない。しかし、ビジョナリーカンパニーは、基本理念を維持しながら、進歩への意欲がきわめて強いため、基本理念以外のすべてを変えて進化する。進歩への意欲があれば、今がどんなに順調であっても、決して満足しない。外部の影響によって対応することよりも、基本理念という内部の意欲を原動力とするために強みとなる。しかし、ビジョナリーカンパニーは、意欲を持つだけではなく、基本理念を維持し、進歩を促す具体的な仕組みを整えている。

E優良企業は危険を冒さない。
 ⇒ビジョナリーカンパニーは、理念を掲げ維持するという点でその本質から言って、保守的なように見える。が、「社運を賭けた大胆な目標(Big Hairy Audacious Goals=BHAGビーハグ)」に挑むことを恐れない。リスクのある大きな目標に挑み、前進への勢いを生む仕組みをうまく使って進歩を促している。BHAGは明確で説得力があり、組織に活力を与えわくわくさせられるものであり、その目標を達成する決意が極めて固い場合に有効である。ただし、基本理念に合っているものでなくなくてはならない。また、BHAGは達成するまでが有効であり、達成した場合は、次のBHAGを設定しなければならない。そしてビジョナリーカンパニーに重要なことは、BHAGを設定して取り組むことが組織の性格になっていて、経営者の世代が変わってもBHAGを設定する能力を組織として有しているということである。

Fビジョナリーカンパニーはだれにとっても素晴らしい職場である。
 ⇒ビジョナリーカンパニーは、その基本理念と高い要求にぴったりと「合う」者にとってだけ、すばらしい職場である。優しさや自由奔放を許さず、企業の性格や存在意義、達成すべきことをはっきりさせているので、自社の厳しい基準に合わない・合わせようとしない者が働ける余地は少なくなる傾向がある。洗脳に近く、カルト(カルチャーを超えるもの)のような文化。これによって、理念への熱狂・教化への努力・同質性の追求・エリート主義を強めている。このカルトのような文化は、基本理念を維持するものであり、これとバランスして、進歩を促す強烈な文化が生まれる。(前述のBHAGもその一つ。)ビジョナリーカンパニーでは、基本理念を厳しく管理すると同時に、業務上幅広い自主性を認めて、個々人の創意工夫を奨励し、進歩を促す。いくら基本理念に忠実でも、起業家のようなやる気とアイデアがなければビジョナリーカンパニーにはいられない。優れた集団になる。

G大きく成長している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる。
 ⇒ビジョナリーカンパニーは「大量のものを試し、うまくいったものを残す」やり方で結果を上げる場合が多い。実験・試行錯誤・臨機応変に対応したもの、偶然の産物。進化論同様、変化と淘汰を繰り返すうちに進化することができるが、ビジョナリーカンパニーは、意図的にいくつもの偶然を生み出す仕組みを作り、常にその仕組みを活用している。しかし、製品やビジネスは変化しても、基本理念はブレない。

H根本的な変化を促すには、社外からCEOを向かえるべき
 ⇒ビジョナリーカンパニーは、社内の生え抜きの社員を経営陣にする。これは、優秀な人間を社内で確実に育てられる仕組みをビジョナリーカンパニーが持っているからである。これによって、基本理念を維持することができる。ビジョナリーカンパニーを築く上で重要なことは、世代を超えて会社がどうなるか考えることであって、何世紀にもわたって前進を続け、個々の指導者が活躍できる年数をはるかに超えて、その目的を追求し、基本的価値観を貫いていく。

Iもっとも成功している企業は、競争に勝つことを第一に考えている
 ⇒ビジョナリーカンパニーは、自らに勝つことを第一に考えている。先見性のある企業は、最終的なゴールがあるわけではなく、目標を達成できたを喜ぶことはない。自分自身に対する要求が極めて高い。現状を不十分と感じるようにする仕組みを持つ。安心感が目的ではないため、ビジョナリーカンパニーは逆に不安感を作り出し(自己満足に陥らないようにし)、それによって外部の世界に強いられる前に変化し、改善をするよう強力に促される。この決して満足しない性質によって、長期的な投資と、短期的な好業績という相反する結果の両方を獲得する。

J二つの相反することは、同時に獲得することはできない。
 ⇒これまで示したように、ビジョナリーカンパニーは「ORの抑圧」で自分の首をしめるようなことはしない。安定か前進、集団としての文化か個人の自主性か、生え抜きの経営陣か根本的な変化か、保守的なやり方か社運を賭けた大胆な目標か、利益の追求か価値観と目的の尊重か、といった二者択一を拒否する。「ANDの才能」を大切にする。基本理念の維持しつつ、進歩を促す。これはまさにANDの才能である。二者のどちらもバランスよく獲得するのではない。どちらも最大限獲得する。不合理で、稀で、難しいことではあるが、これができるのがビジョナリーカンパニー。

Kビジョナリーカンパニーになるのは、主に経営者が先見的な発言をしているからだ。
 ⇒そうではない。確かに、先見的な発言や文書を表すことはビジョナリーカンパニーを築く上で役に立つ一歩にはなりえる。しかし、ビジョナリーカンパニーでは、基本理念を活かすために、何千もの手段を使う終わりのない過程をとっており、これはそのほんの第一歩にすぎない。基本理念はなくてなはらないし、進歩への意欲を常に維持しなければならない。もう一つ、これらすべての要素に一貫性が取れた組織でなければならない。基本理念と進歩への意欲を、組織のすみずみにまで浸透させることがビジョナリーカンパニーの真髄である。全体像を描き細部にこだわる、シグナルの徹底した発信、流行よりも自らの流れに従う、矛盾をなくす。一貫性を追求する。



ビジョンという言葉が好きです。この本1995年初版でシリーズは3か4かまで出てます。
2をそろそろ読みます。
ビジョンという響きにはかっこいい良いものなイメージがあります。でも実際にビジョンを持ってそれに沿って行動するっていうのは、とんでもなく大変なことなのだ。企業にせよ個人にせよ。
この本は、ビジョナリーカンパニーの偉大さについて実例を持って教えてくれますが、それ以上にその大変さを感じさせる。ここまでやって初めて成せるものなのか。という。

しかし、何度も読むと理解が深まるもので、大変なやり方を取ることが重要なのではなく、ビジョンを追求して進歩をし続けるというのが重要なのだとわかってくる。
本の例では超大企業しか出てきませんが、小さな企業でもビジョナリーカンパニーは築けるはず。ビジョナリーカンパニーを作ってみたい。100年続く会社。自分にアイデアはなくても、アイデアが次々生まれてくる会社。やる気、熱意のある仲間が集まる会社。巻き込んで大きくなる会社。楽しそう。


この本を読んでいると、今の会社はビジョナリーカンパニーと比較してどうか。ということも考えるようになってくる。さらに考えると、もしビジョナリーカンパニーとしての性質を備えるようになったら自分はいられるか?とか思う。ビジョナリーカンパニーは存在するのが(会社も個人も)とても難しいんだなぁ。


読みながら書いてたら3時間近くかかってしまった。
休日の楽しいすごしかた。
あとは家事して運動しよう。あ、DVD借りて見れてない。
POPも作りたかったけど!昨日上げた新年会の飲み放題付きプランが早速予約入ったぞ!10,000円は正直安いけど閑散期の売り方を見つけたい!

今年もあと少しです。
皆様どうぞ来年もよろしくお願い致します。
posted by koji at 13:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

マズロー 完全なる経営

気づけば10月です。今年もあと3か月か、とか思うとあっという間。
大阪戻ってもうすぐ半年ですか。
慣れてはきましたし、思っていた以上に旧友との交流が盛んです。
あと、高校時代の友達連中は12年以上の年月を経てますます友情の素晴らしさを互いに感じている。笑
今までお互いに写真などの記録を残してこなかったことを反省して、
今更ながら集まっては記録を残そうとするというのも、なんか大人になったな、などと思う変なポイント。笑

タイトルはマズローなんですが、
いやなんせ重かったっていうか、割と脈絡なく、徒然と書かれているので眠くなるわ、
急に心理学のマニアックな単語がずらりと羅列するわで読み応えが。
最初は思ったより読みやすいと思ったのだが、、、汗

細かくは改めてまとめようと思うんですけど、
マズローは何をずっと問い詰めていたのか、っていうと、
いい人間とはなにか、
いい社会とはなにか、
というシンプルな問題だったんですね。ええ。

「いい人間」っていうのがどういうことを指してるのかっていうところから気になるとは思いますが、「自己実現した完全なる人間」であり、そういう人間を育む社会が、「いい社会(=ユーサイキア⇒精神的に健康で現実可能な理想郷)」であると。
そして、社会という大きな範囲の中で、より身近で具体的な活動を行う組織体が会社・企業であり、いい社会を実現するために「いい会社⇒完全なる経営」が必要なのである、ということなんですわ!

さて自己実現とはなんなのかという問いにたいして、マズロー自身でさえもその説明には苦労しております。。
そしてそれが何ぞや、という決定的な答えは、私が読む限り、監訳者のあとがきにも補足にも明確には出てこない。汗

自己実現の欲求は、存在の欲求(B欲求)である。⇒具体的ではない。。何かをすれば達成というものではない
それより下位の欲求、生理的欲求・安全の欲求・所属と愛の欲求・他者からの承認、自尊心の欲求、については、欠乏の欲求(D欲求)である。⇒無いから欲しい。手に入れたい。

難しい。自己実現というものを具体的にこうだと言えるようにはならないらしい。
ただ、そのD欲求を超えた欲求であるということはなんとなく理解できる。

マズローの5段階の欲求についての誤解。
ピラミッド型のおなじみの図はマズローが提起したものではないとのこと。便宜上教科書などに使われている。
下位の欲求を完全に満たさなくても高次の欲求を満たそうとできる。下位の欲求が満たされないことに対して耐性ができる。
マズロー自身がこの欲求の階層についての順位付けを固定的に考えているわけではないらしい。
images.jpg

ちょと疲れてきた。。
また改めよう。


この本を読んだあとに、
福岡伸一氏の「できそこないの男たち」を読む。

うーん、新書ってなんて軽い読み物。笑

個人的にはこの福岡さんの本は好きです。「生物と無生物のあいだ」おもしろかったですよ。
動的平衡、生物は常に分子を入れ替えているのにその形を維持している。命は分子の流れの中にある淀み、みたいな感じです。
アルジュナと通ずるのです。
この福岡さんが生物学者として優れてるかどうかとか、この人の主張が科学的に正しいのかどうかなんてことは素人にはわかりません。けっこう言ってることは偏ってる気はしますし、批判も多いようなのです。
ただ、読み物としても面白いんですよ。生物学者としてというより作家として、文章の感じが好き。
この「できそこないの男たち」はちょっと比喩が多すぎかなーと思う部分もあってしつこかったけど。笑

生物学の話をおもしろく読ませる詩的・情緒的・官能的な表現力とかいいと思いますし、あとは色んな科学者の人間的・ワイドショー的なエピソードをちょいちょい挿んできて読む側にリズムを与えてくれるところも好きです。飽きさせない退屈させない眠くさせない。
あとは、けっこう難しい科学的な話も素人でもなんとなく理解した気にさせてくれるとことか。笑

個人的に生物学とかおもしろいなっておもいますしね。A10神経とか!なんかいいよね!みたいな感じです。

A10神経と言えば、貴志祐介氏の「天使の囀り」ってホラー的な小説で、線虫がA10神経に作用して恐怖と快感をあべこべにしちゃうっていうこの設定すごい!(あーめっちゃネタバレやなこれ。読んでない人すいません。面白いので読んでみて。笑)

脈絡がなくなってきたのでこれくらいにしとこう。
最近本読んだことしか書いてないやこのブログ。
フードビジネスについてはまた次回!笑
posted by koji at 00:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月04日

仕事の裏切り

だいぶん読み切るのに時間がかかってしまった。
邦訳のせいかちょっと読みにくい部分もありつつ。。言い訳。



エピローグは日本にて出版にあたり著者より。
堅固な雇用の安全をより多く約束してきたがゆえに、日本企業の社員はアメリカの従業員よりも「会社に裏切られた」気持ちがつよいのではないか。
今の若者たちは、自分たちの世代は親の世代よりも豊かにはなれないかもしれない、ということに気付き始めている。
日本やアメリカのような豊かな国の中流階級の人は、いかに人生を生き、いかに成功を定義するかということについて、興味深い選択を迫られていることになる。何か自分の人生で大切なのかを考えるべきなのだ。

まず、本書では仕事がこれまで人々にとってどういったものだったか、仕事の歴史について説く。伝統的な仕事倫理を検証する。

仕事はかつて呪いであり、罰であった。
仕事は奴隷にさせるものであった時代。神々が人を罰するために与えた苦役としての仕事。
中世になると仕事は神への祈りになる。キリスト教の修道僧たちが勤勉に働き中世の町や市を発展させる。
ルネッサンスの時代、宗教改革を経ると一生懸命働くこと自体が神の世界に近づくとされる。創造性と美が仕事の価値を高めた。

仕事が個人の取り組みから組織の活動になるにつれて様々な発展を遂げる。
組織で働くことで、決まった時間で働くことが生まれた。
生産物の質や専門職(プロフェッショナル)などの仕事の内容=職務志向はテクノロジーの進化により技能劣化してしまい、仕事におけるモラルをなくし誠実さを奪ってきた。

20世紀の経営管理論は、仕事の意味、およびその意味への期待を形成してきた。
様々な社会実験を繰り返すようになる。
現代の洗練された職場は、心理学者、社会学者、経営コンサルタントたちが、人々は何を必要としているか、集団でどうやって働くかを分析した結果、もたらされたものである。
専門家たちの意図は善意で満ちており、
仕事に意味を持たせたいと思い、従業員には仕事から充実感を得てほしいと考えた。
職場を楽しく、友好的な雰囲気にしたい。そうすることで生産性は上がると信じられた。
数々の経営手法がこれにより流行し、強力な企業文化を形成するようになった。
仕事が生活に占める部分が大きくなり複雑に入り込むようになる。
理想的な職場環境が整い、企業が従業員に対してより多くのものを提供するようになるが、
これによって仕事は経済的な収入を得るもの以上のものになり、依存性が高くなり、失うことへの恐怖が増す。

1990年代半ばになりグローバル市場で戦う企業にとって、より少ないコストで生産を増やす⇒ダウンサイジングが始まる。
真面目に働いていれば定年まで働けるという会社との暗黙の社会契約はどこかえ消え去った。
この頃のビジネス書の中には「コミットメント」「忠誠心」「信頼」という言葉がさかんに使われていた。経営者はこれらを従業員に求めたが、それに対して会社が報いる気がないこと、あるいは報いることができないことを従業員は知っていた。
しかし、それでも多くの人々を狂ったように働かせるのは、未来の不確定性に基づく捉えがたい恐怖である。
漠然とした競争の中で脱落してはいけないという不安から、多くの人が残業する。
時間の使い方とスピードがより重要になっていく。

こうした環境のなか、仕事と余暇の関係を見ることで人生の意味について論じる。
余暇=仕事以外の人生は、特別な経験であり、やりたいときにやりたいことを自由に行うこと、である。
経済発展、消費主義は、余暇を消費と交換するよう人々を仕向ける。
消費するために仕事をする。余暇が仕事に規定されている。
不安定な仕事志向、消費志向型社会のなかで余暇を楽しむことは容易ではない。

ここまで論じたうえで、
著者は、仕事の意味や人生の意味は、一人一人ちがうものであり、自ら考えればよいと締めくくる。
仕事について私たちがどのように考えて、それが果たして正しいかどうかを検証する視点をこの本は与えてくれる。




うまくまとめられなかった。。。
もう何回か読まないといけない本ですね。これは。
仕事について歴史的にひも解いていくことで、現代の仕事観がどのように形成されてきたのかわかる。
そして、20世紀末からのグローバリゼーションによるビジネスの変化が企業と仕事を大きく変え、私たちはその変化にいまだに完全には対応できていない。
これは私自身も若いころから感じていたことであり、このブログでも時間とスピードの重要性が加速度的に上がっているんじゃないか、とか色々書いてきた。
私たちの世代は、仕事に裏切られた、という感覚はもちろん無い。と思う。
裏切られた人たちを見聞きしたりして、自分たちは裏切られないようにしよう、もしくは裏切られない仕事を身に着けようと思っている。

本書では、家族的な企業や、従業員に対する温情主義は、人々をより生産的にするための経営管理的アプローチであり、流行モノだ、としているようだけれども、
個人的には、自分の会社で働いてくれる人々を大切にしたい、少しでも気持ちよく働いてもらいたい、というのは当たり前のことだと思う。(しかしそれだけでは市場の競争に勝てず淘汰される、というのもわかるけれども。)
コミットメントがあり、忠誠心を得られ、お互いに信頼できる企業と従業員の関係はやっぱり理想的ではあるなぁと思うし、理想がないと魅力がないとも思う。

本書の問いかけに、人生を仕事に合わせるのではなく、どうやって仕事を人生に適合するのか、を考えよとある。
私の中では、仕事も人生の一部だと思う。
人生でやりたいことがあって、それを達成するために仕事をしているという感覚。
だから、自分にとって仕事がその目標にとって意味がないと思ったときに、意味がある仕事をすればいいと思っている。
これはまだ自分が若くて、選択肢がたくさんあるように思っているから、言えることなのかもしれない。もしくは、経済的に苦しんでいない(多額の借金があるとか、両親を養わなければいけないとかがない)からかもしれない。(それでも家族を養って住宅ローンも組む人間としては楽観的すぎるか?)
これは、きっと親父の影響でもあると思う。
親父は、自分の会社の人間が、仕事に裏切られたと感じないように、必死で会社を立て直すために働いてその結果体を傷めて亡くなってしまった。
そういう意味では、仕事に裏切られたのは親父なのかもしれないが、人生でやりたいことをたくさん語っていた親父自身は、仕事に裏切られたとは思っていないと思う。
仕事に裏切られることに対する恐怖から、死ぬまで働いていたわけではなかったんじゃないかな。

ようやくこの年になって、仕事とは、ということも少しは考えられるようになった。
夢半ばで逝ってしまった親父の分も、より意味のある仕事をして価値のある人生を送りたいなと思う。
私にとって親父の生き方は反面教師でもあるが、やっぱり憧れでもあり目標でもある。
やっと親父が生きた時間の半分まで自分も生きてきたので、
もっといろんなことに挑戦しないといけないなと思う。

なんか途中から話が脱線してしまった。笑
まぁよくあること。

マズローの完全なる経営を次は読もうかなと思っているんだけど、
この仕事の裏切りの邦訳の監修者の金井壽宏氏が、完全なる経営も監訳してる模様。
ちょっと似てくるかな。似てるの続くと疲れるので、間に何か違うのを読もう。
料理系の雑誌をチェックしようと思う。
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2011年08月05日

アマゾンアタック

アマゾンアタックとは、
思い立ってアマゾンで色々注文しまくることを言います。
昔よくコメントしてた書評ブロガーさんたちの仲間内で使われていた造語。笑

もうアマゾンを愛用してかれこれ10年くらいになると思われ。
初めて買ったのはアルジュナのDVDだった。笑。アマゾンでしか売ってなかった気がする。笑
ビジネス書を買いあさっていたころはアマゾンから毎月2万円以上請求があったりしたが、
最近はめっきり減った。
けど、定期的にウィッシュリストにメモしておいた本をまとめて発注したりする。
買うだけ買って積ん読することも多い。

最近買ったのはこれ。






昔は話題の本とか軽めのやつも手当たりしだい買って読んでたけど、
最近は自分の気になったやつでけっこう重いのを重点的に読んでるなぁ。
毎日1冊くらいのペースだったのも、めっきりペースダウン。週1冊くらいでゆるゆる読んでる。
ビジネス書も古典ぽいのが増えてきた。
あと最近よく思う自分の好きなビジネス書は、読み物としてもおもしろいやつ。
ストーリー性とか文学としてちゃんとしてるやつ。情報だけとか事実だけとかの本を敬遠している気がする。

で10年近く使ってるアマゾンで、こないだ初めて配送トラブルがあってびっくりした。
初めて出品者に連絡してしまったよ。

結局、運送屋さんのミスぽかったから、結果オーライぽいがいまだ届かず。

最近ゆっくり本を読むことも減ってしまったけど、
そのせいか集中力が落ちている気がする。頭の回転も鈍化してるような。。
マズローの本、ちゃんと理解できるかな。。
マズローといえば、親会社の大学の研修に参加したときの話がすごくおもしろかった。
今度はあの研修の内容ブログにアップしよう。たまには思い出さなければ。
マズローの欲求五段階説をやや否定するところから始めたあの講師の方、もっかいあの研修受けたいわ。

なんか長くなってきたから今日はここまでにしよう。
値決めの話をしようと思ってたのに。稲盛和夫の値決めは経営。
posted by koji at 10:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

ストレングスファインダー

さて、大阪帰って初日に友人結婚式でございました。
いつもの20%増しでかっこよくなっている彼は高校の時より若返っているという結論に。
高校3年の時の同級生同士での結婚で、実は自分も同じクラスだったという事実。
3年はほんとにあんま行かんかったしな。クラスメイトほぼわからない。笑
でもまぁ幸せそうでよかった。
知らないなりに知られているので、みんな仲良く話しかけてきてくれてよかった。笑
酒造メーカー勤務の人もいて、せっかく再会できたのでまた旧交を温めていこうと思います。
なかなかの進学校だっただけに、みなさん優秀で順調に出世されてるようです。
今まで疎遠にしてしまっていましたが、大事な人脈だなぁと。改めます。

1月末にアップした「強み」についての記事。
http://koji0824.seesaa.net/article/183259451.html
その後、自分の強みを抽出してみました。ストレングスフィンダーのサイトにて。
34の資質のうち、上位5つを上から。
ちょっと長いけど全部載せたろ。笑


最上志向
 優秀であること、平均ではなく。これがあなたの基準です。平均以下の何かを平均より少し上に引き上げるには大変な努力を要し、あなたはそこに全く意味を見出しません。平均以上の何かを最高のものに高めるのも、同じように多大な努力を必要としますが、はるかに胸躍ります。自分自身のものか他の人のものかに関わらず、強みはあなたを魅了します。
 真珠を追い求めるダイバーのように、あなたは強みを示す明らかな徴候を探し求めます。生まれついての優秀さ、飲み込みの速さ、一気に上達した技能――これらがわずかでも見えることは、強みがあるかもしれないことを示す手がかりになります。そして一旦強みを発見すると、あなたはそれを伸ばし、磨きをかけ、優秀さへ高めずにはいられません。あなたは真珠を光り輝くまで磨くのです。
 このように、この自然に長所を見分ける力は、他の人から人を区別していると見られるかもしれません。あなたはあなたの強みを高く評価してくれる人たちと一緒に過ごすことを選びます。同じように、自分の強みを発見しそれを伸ばしてきたと思われる人たちに惹かれます。あなたは、あなたを型にはめて、弱点を克服させようとする人々を避ける傾向があります。あなたは自分の弱みを嘆きながら人生を送りたくありません。それよりも、持って生まれた天賦の才能を最大限に利用したいと考えます。その方が楽しく、実りも多いのです。そして意外なことに、その方がもっと大変なのです。


個別化
 あなたは個別化という資質により、一人ひとりが持つユニークな個性に興味をひかれます。あなたは一人ひとりの何が特別でどこが個性的なのかを覆い隠したくないので、人を一般化したり、あるいは類型化することに我慢できません。むしろ、個人個人の違いに注目します。
 あなたは本能的にそれぞれの人の性格、動機、考え方、関係の築き方を観察しています。あなたはそれぞれの人生における、その人にしかない物語を理解します。この資質によって、あなたは、あなたの友達にぴったりの誕生日プレゼントを選んだり、ある人は人前で誉められることを好み別の人はそれを嫌うことを分かったり、一から十まで説明して欲しい人と、一を示せば十を知る人とに合わせて、教え方を調整できたりするのです。
 あなたは他の人の強みをとても鋭く観察する人なので、一人ひとりの最も良いところを引き出すことができます。この個別化という資質は、あなたが生産性の高いチームを作ることにも役立ちます。完璧なチームを作りに当たり、チームの「組織構造」や「作業手順」に着目する人もいますが、あなたは優秀なチーム作りの秘訣は、各自が得意なことを充分にできるような、強みに基づく配役である、ということを本能的に知っています。


目標志向
 「私はどこに向かっているのか?」とあなたは自問します。毎日、この質問を繰り返します。目標志向という資質のために、あなたは明確な行き先を必要とします。行き先がないと、あなたの生活や仕事はたちまち苛立たしいものになる可能性があります。ですから毎年、毎月、さらに毎週でさえ、あなたは目標を設定します。この目標はあなたの羅針盤となり、優先順位を決定したり、行き先に向かうコースに戻るために必要な修正をする上で、あなたを助けてくれます。
 あなたの目標志向は素晴らしい力を持っています。何故ならそれはあなたの行動をふるいにかけさせるからです。――すなわち、特定の行動が目標へ近づくために役に立つかどうかを本能的に評価し、役に立たない行動を無視します。そして最終的に、あなたの目標志向はあなたを効率的にさせるのです。
 当然ながらこの裏返しとして、あなたは遅れや障害や、例えそれがどんなに興味深く見えようとも本筋から外れることにいらいらするようになります。このことは、あなたを集団の一員として非常に貴重な存在にしています。他の人が脇道にそれ始めると、あなたは彼らを本筋へ連れ戻します。あなたの目標志向は、目標に向かって進むために役に立っていないものは重要ではないということを、あらゆる人に気付かせます。そしてもし重要でないなら、それは時間を割く価値がないということです。あなたは、あらゆる人を進路から外れさせません。


未来志向
 「もし・・・だったら、どんなに素晴らしいだろうなぁ」と、あなたは水平線の向こうを目を細めて見つめることを愛するタイプの人です。未来はあなたを魅了します。まるで壁に投影された映像のように、あなたには未来に待ち受けているかもしれないものが細かいところまで見えます。
 この細かく描かれた情景は、あなたを明日という未来に引き寄せ続けます。この情景の具体的な内容――より品質の高い製品、より優れたチーム、より良い生活、あるいはより良い世界――は、あなたの他の資質や興味によって決まりますが、それはいつでもあなたを鼓舞するでしょう。あなたは、未来に何ができるかというビジョンが見え、それを心に抱き続ける夢想家です。現在があまりにも失望感をもたらし、周囲の人々があまりにも現実的であることが分かった時、あなたは未来のビジョンをたちまち目の前に呼び起こします。それがあなたにエネルギーを与えてくれます。
 それは、他の人にもエネルギーを与えます。事実、あなたが未来のビジョンを目に浮かぶように話すのを、人々はいつでも期待します。彼らは自分たちの視野を広げ、精神を高揚させることができる絵を求めています。あなたは彼らのためにその絵を描くことができます。描いてあげなさい。言葉を慎重に選びなさい。できる限りその絵を生き生きと描きなさい。人々はあなたが持ちこんで来る希望につかまりたくなるでしょう。


自己確信
 自己確信は自信と共通する点があります。心の奥深くで、あなたは自分の強みを強く確信しています。あなたは自分は絶対出来る――リスクを取ることができ、新しい挑戦をすることができ、そして最も重要なこととして成果を出すことができる――ことを確信しています。ただし、自己確信は単なる自信を越えるものです。自己確信という資質に恵まれたことで、あなたは自分の能力だけでなく判断力にも自信を持っています。
 自分の周りを見た時、あなたは自分の見方が独自かつ独特であると強く思います。そして、あなたと全く同じ見方をしている人は誰もいないので、あなたに関する事について決定を下せる人はあなたしかいないと絶対に信じています。
 何を考えるべきかは、誰もあなたに指示できません。彼らはヒントを与えることはできるでしょう。助言することもできるでしょう。しかし、あなただけが、結論を出し、何をするかを決定し、行動する権限を持っています。この権限、更にはあなたの人生に関する最終的な責任を取ることを、あなたは決して怖がりません。むしろ、あなたには当たり前に感じられるのです。状況の如何に関わらず、あなたは何が正しい決断であるかをいつも知っているようです。
 この資質は、あなたに確信に満ちた貫禄を与えます。他の人と異なり、いくら説得力があっても、あなたは他の人の主張に安易に左右されることはありません。この自己確信という資質は、あなたの他の資質の持ち方によって、表面に現れたり現れなかったりしますが、その資質は強くしっかりとあります。船の竜骨のように、それは方々からの攻撃に耐えて、あなたが進路からはずれないようにします。



30分くらいかけて、20秒ずつの質問に答えます。
20秒の制限時間があって、悩んで悩んで答えるというより、即答で直感で答えていきます。
むしろ悩むならまた別の資質があることを示しているという感じ。

自分でいうのもなんだけど、かなり偏った資質だと思う。笑
でも完全にフィットしてるという印象。
客観的に見てリーダーシップに特化した人間。
ジェネラリストよりスペシャリスト。
オンリーワン且つナンバーワンを求めてる。
という感じでしょうか。確かにそうかも。

これやってみて感想として、自分の強みを改めて確認できてよかった。
あとはこれを活かしていくということ。
さらには、この資質の分析を例えば部下や一緒に働く人にも活用して、
それにあった仕事を見つけてあげたい。手伝いたい。


ブログもアップしよう。
自分のスマートフォンが、ツイッターとフェイスブックを使わなければ、機種の魅力が半分も活かせないことに約1年経ってようやく気付いた。笑
ミクシィじゃ海外メーカーのスマートフォンに対応してないようですね。
ミクシィはどうも自分に合わなかったんだなぁ。
というわけで、ミクシィ、フェイスブック共に実名で運用中ですので、知人の方は是非ご連絡下さい。

posted by koji at 10:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月31日

強みとは

人それぞれ。十人十色。
適材適所、得手不得手がある。
他人は自分と同じではない。

これらは前々から自分がよく感じてきたことで、
おそらく中学生のころには形成されていた思考パターン。
今も昔も、この考え方は変わらず、自分の人生観の一つの柱になっております。

急に何の話なのかっていうことですが、
自分の強みを活かし、活躍すること、成功すること、
社会人になって仕事をするうえで、よく考えるので触れようと思ったのです。
今回この話を書くきっかけは、
これも一緒に仕事をする、ある仲間にも知って欲しいと思ったから。
読んでるかな。読んでるだろーな。笑


マネージャー(店長)って仕事をして、
色んな(多種多様な)人間をまとめて結果・実績を上げる為に
継続的に学んできたことがやはりマネジメントとリーダーシップ。
自己啓発の本も多々読んできましたが、
このマネジメント、リーダーシップを学ぶ書籍で
自分の思考にすごくしっくりくるシリーズがあります。
マーカス・バッキンガムの著書です。



発売順。
で、2008年に出たこの本を最近読んでいる。

この人もともと、ギャラップ社という世論調査の会社にいて、
圧倒的な数のインタビューをもとに、人の強みや成功について調査を続けていたそうな。

人の強みって、何なのかって言うのはまた改めて詳しく書きたいと思うんですが、
大好きなことを仕事にする、生業にする、という
誰もが夢見てはいるけれども、どこかで諦めてしまっているこの目標に対して、
なるほど、な話を教えてくれます。

強みとは、高い成果を生み出せる能力、スキルという単純なものではなく、
いくらでもやってられること、楽しくてしかたなくて、意欲がわいてくる活動をさします。

人には、色々な行動性向、感情・思考パターン、繰り返し行う習慣が無意識ながらあります。
これを、この本のシリーズでは、才能と呼びます。
才能っていうと、アスリートの身体的なものだとか、芸術的センスだとか
そいういうものを想像します。
が、そうではなくて、
誰もが持っているようなクセとか、性格でさえも
それを活かして何かの力を発揮できればそれは才能である、としてるわけです。
神経質だとか、負けず嫌いだとか、社交性があるとか、ポジティブだとか、
そういう、誰もが個々に持っている個性を、
才能という見方から強みに昇華して活用しよう、と。

これが、十人十色が好きな私にとってすごくしっくりする理由。


ちなみに、弱みもあります。
弱みとは、できないことではなくて、
うまくできようができなかろうが、その活動をすると消耗する、嫌悪感を感じる、心身ともに疲れてやりたくない、というような活動のこと。

この著者のシリーズがしっくりくるもう一つの理由が、この弱みについての考え方。
弱みを克服すれば人は成長する、
伸びシロが多いから弱みは克服すべき、
というような社会通念と真っ向から反対します。

弱みとは、前述のような活動であるため、
どれだけやっても克服は難しい。
克服できたとしても、それが最高の強みになることは絶対にない。
(脳科学的にも、弱みを克服するための活動ではシナプスが形成されにくく、強みをより強化するための活動のほうが多くのシナプスが形成される、という裏づけもある)
弱みは極力自分の活動から遠ざけ、強みをより発揮できるように自分の環境を変える。
これも、自分にとってしっくりな話でした。

なんかちょっとよくわからんくなってきました。笑
思い出しながら書いてるから支離滅裂だ。すいません。

「さあ才能に目覚めよう」では、
34個の強みを見つけるとこから始めてくれます。
自分の強みを抽出してくれる設問のページもあります。
http://sf1.strengthsfinder.com/ja-jp/homepage.aspx
でもこれ使うには、各書籍に個別に与えられているアクセスIDみたいのが必要です。
うまくできてる。笑。やりたい人は是非買ってください。中古だと使用済みの可能性もあり。注意。
180問に答えていきます。実は私もまだやってません。
今度ゆっくりやろっと。

どの本の話も、自分がマネージャーやってて大変役に立った。
「まず、ルールを破れ」と
「最高のリーダー、マネージャーがいつも考えているたったひとつのこと」は
一人一人の強みが違うことを大前提として、
どう一人一人が成果を上げられるか、高い成果を上げるチームを作るか、
非常に勉強になる。

今読んでる「最高の成果を生み出す6つのステップ」はまだ途中だけど、
それまでの理論重視なところから、
より具体的な取り組みにまで話が掘り下がっているみたい。
とりあえず読もうっと。


普段何気なく生きてると、
つまんないことやしんどいことにまみれて
自分には強みなんてないんじゃないかとか思うし、
弱いとこばっかりが気になるじゃないですか。
そういう自分にまた自己嫌悪したりして、
こんなんじゃだめだーとか思って、
弱みを消そうとか無くそうとかするけれども、
それもやっぱりうまくいかなくてまた自己嫌悪する。
日本人の性質なのかもしれないけど、
楽しいことだけとか、自分的に楽なことだけやってたらダメだと思う人多いですよね。
つらいことでも我慢してやる、
自分の個性を消して、感情を殺してやる。こういう美徳。

このマーカス・バッキンガム氏の強みの定義は、
すごく前向きで、人間一人一人の価値を肯定してるところがすごく好きだ。
もちろん、多くの人がそれを才能・強みだと思ってなくて、
活かすどころではないということもありますが、
こういう考え方を知っているだけで、
自分にはちゃんと正しく価値があると思える。
そう思えるってことが、結局大事なんじゃないかと。
そんで、自分だけじゃなくて、他人に対しても、
その人の強みはなんなのか、どうすれば活かせるのか、
と考えるだけで肯定的に接することができる。

人それぞれだから、この考え方がしっくりくるかどうかも人それぞれ。
ちょっとでも参考になれば幸い。
posted by koji at 01:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月23日

成功の9ステップ

最近自己啓発の本ばかり読んでおります。



テレサチャン著
Coffee Wisdom コーヒーブレイクに見つけた48のシンプル成功哲学

P144
何もしない時間を持つ
私たちはいつも、あまりに自分の心配ばかりに夢中になり、すでに自分が喜ぶべきことや満足すべきことがたくさんあるのにそれを忘れてしまっている
自分自身の幸運に気づけば現実的で責任ある姿勢へと変わる

P158
人生が計画通りにいかなくても、自分には必要なものがすべて揃っていると確信している
誰かに腹が立ったり本当に落ち込んでしまったら、自分が持っているもののことを考えて感謝の気持ちを持つ
たいていは何でもない普通の日に人生の大事な瞬間がある
気付かなかったり当たり前と思うだけ



ジェームス・スキナー著
成功の9ステップ

P16
夢や目標を持っているが、その目標を達成したい明確な理由があるか?
この夢を追い求めるための理由は自由に選べる
好きなだけ選ぶことができる
自分の夢を必ず実現させるための決断をする秘訣である

P86
分析による麻痺は時間の無駄⇒決断が正しいかどうかを前もって知ることができる、という思い込み
どうすべきか、本当に正しいのか悩み、決断をためらうことこそ問題である

1 事実を把握する
2 望む結果を明確にする
3 方法について考える
4 長所短所を検証し最善策を選ぶ
5 リスクを評価
6 他人の意見を聞き、案を改善し、代替案を考える
7 遅滞なく実行せよ

P97
誠実。行動と価値観が一致していなければ葛藤が生じる
行動が価値観と一致していれば、内的平安が訪れる
失敗の90%はリーダーシップの失敗である。リーダーシップの失敗とは、人格の失敗
その人生に生きる価値を持たせるように、人格的価値を体得しなければならない

P103
学校制度と義務教育の過程を通じて、勉強と学習に大きな痛みを連想している
非効率的な学校制度をモデルとした非効率な会社の教育制度によって、この消極的な連想は強化される
22歳までの学校教育で、引退までその知識に頼ることができるという考え方はもはや時代遅れである

P114
学んだことを他人に教える、伝える、分かち合うと記憶力が四倍になる

P115
学習するときにより多くの感覚を巻き込む
メモを取り、アイデアを図にし、人に話す
本を読むだけで生活や業績が変えられるわけではない 行動を変えることで人生が変わる

P168
最大心拍数の50%で10分ウォーミングアップ
最大心拍数の65〜85%の範囲で20〜45分の運動
その後ゆっくり10分ウォーミングダウン
ハートレートモニターで管理
週三回以上実施して脂肪燃焼、酵素も作られるようになる

P246
目覚めの質問
@今、私は何を感謝しているだろうか
A今、私の人生のどこが素晴らしいのだろうか
B今、私であることはなぜ素晴らしいのか
C誰が私を愛し、私のことを大切に思ってくれているか
D私は誰を愛し、誰を大切に思っているか
E今日、私は誰を助けるか。その人のために何をするか
F今日、自分の人生をより素晴らしいものにするために、私は何をしたいのだろうか
G今日、最も大切なことがひとつだけあるとすれば、それは何だろうか
Hそれを突拍子も無く楽しむために、どうするか
I必ず成功すると分かっていたら、私は何に挑戦するか
J今日、自分自身を最高の状態に保つために何をするか
K今日、私は自分と他人にどんな贈り物を与えるだろうか。どんな思い出を作るだろうか

ビジネスにおける問題解決の質問
@顧客を完全に喜ばせるために何ができるだろうか
Aどうすれば単に注文をとるだけでなく、顧客との新しい関係が築けるだろうか
Bこの状況の何が素晴らしいか。どのようにそれを活かすことができるか
Cどうしたらこの状況を楽しむことができるだろうか
D競合相手を狂いそうなほど嫉妬させるために、どんな商品の特徴やサービスを加えることができるだろうか
E私たちがどのようにすれば、この出来事を誇らしげに自分の子供たちに話せるようになるのだろうか。ここでどんな貢献を遺したいと思うのだろうか
Fこのプロセスをどうすればもっと簡素化できるだろうか
Gどのようにこれをシステム化し、常に々質の高い結果が出せるようにするのか
Hどうすればさらに高い価値を提供することができるか
Iさらに色んな資源にアクセスし、もっと大きなスケールで行動するために、どうするか
Jどうしたら、これをさらに改善できるか
Kどうすれば、関係者全員にとってWIN−WINにすることができるだろうか

自分の焦点をどこに投資するか
焦点を導くために質問をする

P249
感情は行動、言葉で変わる
感情によって結果も変わる

パーソナルパワーの基礎
1 心を決める 【決断】
2 成功者のパターンを学ぶ 【学習】
3 無限健康を手に入れる 【健康】
4 自分の感情をコントロールする 【感情】

P260
行動する前に、望む結果を明らかにする
実行項目と結果との違い⇒多くの人は、結果ではなく、実行項目・活動を計画している
毎日忙しくしているが充実感は得られない⇒成功の尺度を持ち合わせていないから

P283
時間管理とは最も大切なことを実行すること
一番大切なことを一番最初に実行し、二番目に大切なことを全く行わない
緊急だけど重要でない活動は、何もしないよりも有害である。何かをしていると錯覚してしまうからである
時間がないのは「ノー」と言えないから

P295
時間管理は、なぜ?から始める
どんな感情を経験したいか
そのために、何を?得るか⇒何とは、望む結果。活動ではない。結果と活動を混同しない。
次に、どのように?⇒活動、行動。多くの人はここから始める
誰が?自分がするのか、委任するのか?望む結果が達成できるなら委任すべきか
最後に、いつ?

スケジューリングは、ブロッキングで劇的に変わる
邪魔されない時間のブロックが最長になるようにする⇒予定が連続してあり、使える時間が細切れにならないように

P324
ゼロベース思考⇒
もし、すでにこうなっていなかったら、今からでも同じようにそうするだろうか?
すでに入っているスケジュールでも、今からキャンセルすることができる
仕事も変えることができる
始めたからといって、やり続けなければならないことはない⇒やり続ける価値があるかどうか

P339
行動を起こすとき、それだけ器は大きくなり、周りに対してある種の引力を及ぼし始める
実物より大きい存在になると、強い引力で、自分に必要な助けが現れる

P351
聞くだけでよい
自分は何も失うものはない。依頼してみよう
頼まれたことに対して人は、ノーとは言いたくない。イエスと言いたいものだ

P368
すべての失敗は、意識の欠如か、選択肢の欠如による
今やっていることがうまくいっているかどうか感じとることができるか?五感を使って意識する
うまくいっていないことに気づいたら、次に何をするべきか?選択肢はあるか?

P390
リーダーシップとは、自分の夢に他人を参加させるプロセス
相手の成功に焦点を当て、他者を成功させる
コミュニケーション
ラポール 共有
1 方向転換
2 正確さのモデル
3 意味を明確にするための質問
4 診断のための質問
5 感情移入

P421
正確さのモデル
真実を明確にするコミュニケーション⇒抜けている情報は何か、質問する互いの言葉の意味を明確にする
ニーズ、ウォンツを明確にする
プリフレーム、リフレーム
相手に焦点を合わせて、win-winを築く

パーソナルパワーの基礎の上に築く、成功のサイクル
目的⇒計画⇒行動⇒改善
シーダーシップで相乗効果を高める


さて、この「成功の9ステップ」ですが、
実は初めに読んだのはかなり前で、なんと「7つの習慣」の前に読んでおりました。
その頃はまだ自己啓発本とかビジネス書全般を読み始めたばかりで、
おもしろいこと書いてあるなと思いつつ、そこまで深く理解できなかったんだと思う。
あまり印象に残ってないので。
しかし、改めて読み返してみると名著。売れるだけあります。
ジェームススキナー氏は早稲田の卒業生で、活躍の場も日本に多くあります。
この本も、基本的には邦訳本だけれども、
普段日本で仕事してることから例えや参考が日本でのことも多く、
訳してもおかしくなっていない。この手の本ではかなり読みやすいのが特徴的。

「7つの習慣」は基本的には スティーブン・R. コヴィー氏が構築してますが、このジェームススキナー氏も共著。
成功の9ステップも、もちろんベースは7つの習慣に沿うものです。
もう少し具体的な方法論にまで言及してくれている。
じゃあ7つの習慣を先に読んだほうがいいですね。笑
そう思います。
というわけでおすすめ。

それはそれとして、
最近、この手の啓発本ばっかり読んできました。
落ちてたのもあったから、それを上げるためにと思ってあえて読んでたわけですが、
こういうの続けて読むと、結局、行動しなければ意味がない、という焦燥感も出てくる。
30歳で起業という目標もありますが、
その内容について具体的に決断すべき時期だと思う。
まずは決断しよう。
やりたいことが山ほどあります。経済的な成功も含めて。
その割には、何にも手を付けずにいた。結局そういうことなんだと思う。

「求めよ、されば与えられん。」
「人生はあなたの要求に応える」
posted by koji at 19:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

続々 ナポレオンヒル 思考は現実化する

P395
忍耐力は仕事を好きか嫌いかによって決まる
愛する仕事に携わるとき最も仕事の効果をあげる
報酬以上のサービスをすることは、必ず報われる
その仕事そのものから幸福を得る
目先の収入より生涯収入で上回る
量、質ともに優れた仕事になる

P407
知識を集めるために直接の報酬を犠牲にするのは、ソクラテス以来すべての哲学者が経験したこと

P415
報酬以上の仕事をしてきた人は報酬以下の仕事しかしていない人よりも高い地位につき高い報酬を得る
逆に高い報酬を与えれば高い成果、生産性も得られる
お客様は常に正しい

P429
エマースンの言葉
奉仕をしてその報酬を得ないということはない
それは、仕事をしなければ報酬を得られないのと同じくらい確かなことである
原因と結果、手段と目標、種子と果実は分断することは出来ない
んなぜなら、結果はすでに原因の中で花開き、目標は手段の中に、果実は種子の中にすでに存在しているからである

P442
私たちの強さは私たちの弱さから生まれる
自分の弱点を知るということは、敵よりも自分にとって利益のあることである
私への非難が多ければ多いほど、私はこれで成功は間違いなしと確信を得る

P489
性的エネルギーをセルフスターターとして活用し、他のエネルギーに転換する
40歳以前に成功した人はほとんどいないが、若い頃、人は性的エネルギーを浪費しているからだ
男が力を発揮する最大の動機は、女性を喜ばせたいという願望である

P504
失敗したら失敗を分析する
どんな失敗にも利益の種は含まれているが、それを見付だし芽を出させ実をつけさせるには、人がそれぞれ目的を明確に持って独創力を働かさねばならない
失敗したあとの思考の反応の向きが重要
失敗と無縁の人は誰もいない
その反応に対して自由に選べる特権を人間は持っている

P511
失敗を招く54の要因

P525
悲しみは愛することと同じように、それを体験する人の魂を高め、混迷の世の試練と苦難に立ち向かう勇気と信念を授けてくれる
その為には必ず、悲しみを災いとしてではなく、恩恵として受け止めなければならない
どんな悲しいこともそれに見合う喜びの種子を連れてきてくれる

P571
思考だけが完全にコントロールできる唯一のもの
言い訳を弁護するために新たな言い訳を考える
自分の弱点を覆い隠すために言い訳を考えない
その時間を弱点を改善する為に使えば、そんな言い訳は考えなくてすむ



以上。
こうやって見ると、シンプルです。
目標を明確にする。目標までの計画を立てる。達成するまで続ける。
達成するために必要なもの、信念、熱意、忍耐、奉仕、協働。
自己啓発の本で携帯版なので、はしょってるのかもしれませんが、具体的な手法・テクニックの話ではないです。
それでも、しょげたときにこの本を読むと支えになります。ワクワクします。

そして思うのは、人生って長いなと思います。
加速化してる現代において、この成功哲学がどこまで通用しているのかわかりません。
この成功哲学だと、基本的に技術や情報の価値は時間に比例して価値を増していきますが、この情報社会では時間や物理的距離の障害がなくなる。
マスターマインドの形成やより多くの人への奉仕、技術や知識の習得は、ウェブの活用によって変わる。
だから、過去には40代以上にならないと真に成功することが難しかったことでも、
20代30代には達成できるのかもしれない。
(メディアで見られるような若い成功者はたくさんいるが、確かに巨額の資産を得ていたとしても、このナポレオンヒルの成功の定義に当てはまらないかもしれない。「富」は金銭だけではない、という意味で)
だからこそ、昔は一生かけてやってきたことを、現代では一生のうちに何回かできるんじゃないかと。
そう思うと、今のこの時間を無為に過ごしてると思うのか、そうじゃないと思うのかが重要なのでは。
あれ、結局、目標をもって計画を立てる、に戻るな。笑
ウェブ進化論の話のときにも戻ってますね。はい。
http://koji0824.seesaa.net/article/13897484.html
でも、長いなって思ってダラダラ働いてワーキングプア陥る世の中。
「奉仕」が報われていないのか?ただただ足らないのか?人間が多すぎるのか?

というわけで、活動します。
ブログもまめに上げます。
posted by koji at 23:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月05日

思考は現実化する ナポレオンヒル の続き

読み直しました。改めて内容を確認。

P31
願望や目標を持つのは義務であって決してぜいたくなことではい。
願望とは夢見ることではなく、夢を現実に変えていくこと。
夢を持ってその夢の実現のために代償を支払う用意のある人は、幸せだと思う。
安定を求めるのではなく、機会を求め、願望を明確にし、人生設計をし、自分の目的のために冒険したいと思う。

願望の設定は、あらゆるものの達成の出発点である。
チャンスは準備をしていた人間のもとに飛び込んでくる。

信念によって思考は紛れもなく現実化する
信念→バイタリティ→行動力→現実化

P151
自信を育む公式 感情と結び付いた思考は似たような思考を引き寄せる
深層自己説得

P154
最終的に勝利を収めるのは、私はできる、と思っている人
登りつめるには高揚した精神、自信が必要

P221
賢明にリーダーに従うことのできる部下が最も早く次のリーダーに昇進することができる
リーダーから知識を得る機会がある

P223
リーダーになるための11の重要な条件
@ゆるぎない勇気
Aセルフコントロールの脳力
B強い正義感
C強固な決断力
D計画性
E報酬以上の仕事をする習慣
F明るい性格
G思いやりと理解
H詳細を認知している
I責任感
J協調性

P235
成功の黄金律
自分がして欲しいと思うことは、何よりもまず他人にそうしてあげること

P239
脳力を売ることは商品を売るのと同じ
脳力は減価しえない資本

P282
明確で具体的な目標をもっていれば、素早く決断できる

P291
忍耐力の欠如
自分の目標や心に集中しイメージする
小さな目標では小さな結果しかもたらさない
大きな目標であれば忍耐力も比例して強くなる

P300
忍耐力を鍛えるために
@目標・願望の明確化
A強いエンスージアズム(熱意)を伴った目標現実意欲
B自信
C計画の明確化
D正確な知識
Eマスターマインド
F意思の力
G習慣

忍耐力欠如のウィークポイント
@自分が何を望んでいるのかわからず説明もできない
A理由のありなしに関わらず言い訳して先延ばしにする
B知識欲、勉強意欲が欠けている
C優柔不断。責任転嫁。言い訳。
D明確な計画を立てず言い逃れする
E自己満足
F無関心
G他人の失敗は責め、自分の失敗を認めない
H動機付けをしないことからくる熱意の弱さ。怠け癖。
I最初の失敗でくじける
Jずさんな計画。分析も反省もしない。
K目の前にアイディアやチャンスがあっても手を出さない怠惰な性格
L夢想するだけで何もしない
M豊かになるための努力をするくらいなら貧乏のままでもいいという態度
N自ら汗を流そうとはせず、ギャンブルや投機で近道しようとする
O批判を気にする。批判を恐れることは成功を恐れること

P344
1センチ余分に進む⇒プラスアルファの魔法⇒要求、報酬以上の働きをする

P358
エンスージアズム=熱意は態度や行動から生まれる
@熱心で楽観的
A財政的な成功
B成功ノウハウのマスター
C健康
DPMA⇒積極的心構え
E他人を手助けする

セールスは物を売るのではなく、熱意を伝えること
製品サービスに関しての知識を全て知ること
製品が買い手の為になる事を確信する事


P366
マスターマインド⇒二人以上の何らかの願望や目標を持った人間の集まり
人々の間で行き交う波長の合った思考のバイブレーション
思考の振動は電波し、感知できる
posted by koji at 23:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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