2014年12月03日

サスティなブルーパブ

なかなか面白い二つの本を読んだ。
たまたまこの二冊を続けて読んだけどこの2冊の対比がおもしろい。

最底辺の10億人 -
最底辺の10億人 -
主にアフリカの最貧国に生きる人々。他にもアジア、南米も何国か含まれる。
この最底辺の国々は四つの貧困の罠に囚われて未だに14世紀と同じ水準の生活を強いられている。
紛争の罠、天然資源の罠、内陸国の罠、小国における悪いガバナンスの罠。
内戦やクーデターは一度起きると何度でも起き、経済を麻痺させる。
天然資源がある場合でもそれに頼ってしまい産業は発達しない。先進国に食い物にされ一部が潤うだけになる。税収に頼る必要がなくなるため政府の資金繰りを監視するインセンティブが働かず、横領が日常化する。
内陸国は、隣国の情勢に左右され、貧困は伝播する。インフラも整備できず輸出入で潤うこともできない。
政府、役人の腐敗が横行する国々では経済は破綻し、有能な人材も資産も国外に流出する。

グローバル化によって最底辺の国々は益々発展しにくくなる。
特にアジア諸国が発展途上にあり、安い労働力の賃金が先進国の水準まで上がって優位性が無くなるまでは、アフリカの最貧国に資本や技術が集まることはない。

政府の腐敗する最貧国に対して金銭的な援助は逆効果になる。民主主義は買収で成り立たない。最貧国は自力で貧困の罠から脱することはほとんど不可能。
先進国、国連が積極的に軍事介入し、長期的に統治、監視する必要がある。国際標準的な憲章を作り、導入のサポートまでする。
援助は短期間に大量にするのではなく、長期に渡って少しずつ、初期は経済的支援より技術的人材的支援を優先する。
貿易政策は難解で簡単には解決しない。特にアジアに対する競争力はないため保護貿易政策が必要。


「ホテルルワンダ」の映画と、「チョコレートの真実」の書籍を彷彿とするなぁ。日本にいるとなかなか実感できないけど。



シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略 -
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未だに14世紀と同じ生活を強いられている世界の最貧国が抱える貧困の罠と、先進国が抱える消費資本主義の課題。
この両極端だけどどちらも世界が一つになって取り組まないと解決できない問題が、同じ地球上に同時に存在している。


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衝撃的なプロローグ、太平洋ゴミベルト。
これ知らなかった。世界中から漂流してきたゴミが人知れず溜まる世界最大のゴミ捨て場。
太平洋ゴミベルト ウィキ

ハイパー消費社会、産業資本主義が行き着くところまでいき世界は限界を迎えている。
衛生的な使い捨て文化が度を越し、企業のプロモーションは集団の心理を操って消費を煽る。
クレジットカードの誕生で後払いが日常的になり、より大きな消費の心理的ハードルを無くす。
モノで溢れかえった生活は、もっとモノを買うことでしか満たされなくなるのに、企業は商品のライフサイクルをどんどん短くすることでより消費を加速させようとする。

新しいシェアビジネスが生まれるに至る、今までのハイパー消費社会について書かれてる第一章を読むと、ウルグアイのムヒカ大統領のスピーチを思い出す。
リオ会議でのムヒカ大統領スピーチ 日本語訳ページ
彼の言ってることはまさにこの本に書かれてることと同じだ。
世界が抱えるのは、環境問題ではなく政治問題だということ。
古代ローマでセネカが言う「貧乏な人とは、少ししかモノを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人」。
GDPが幸福の指標にはならないこと。(これは別の本「経済成長って本当に必要なの?」でも詳しく。)
などなど色々と思いつくわけですが、
結局色々と思い至るのはやっぱ「アルジュナ」(か、動的平衡)なわけで、、、太平洋ゴミベルトなんて、ラージャの巣でしかない。10年以上前の日本のアニメでやっちゃうようなわかり切ったことなのに、世界は何も対応できないのか?既得権益って恐ろしい。

ハイパー消費社会が行き詰まりを見せて、新しいコラボ消費=シェアが生まれている。

シェアのモデルは3つ
■プロダクト=サービス・システム PSS
■再分配市場
■コラボ的ライフスタイル

そのモデルがうまくいくための要因は4つ
■クリティカル・マス
■余剰キャパシティ
■共有資源の尊重
■他者との信頼

ある製品を所有するが目的ではなく、利用して受けられるサービス・メリットが目的であるという考え方。
自分には必要のなくなったものだけど、他に必要な人はいる。
私があなたを助ければ、誰かが私を助けてくれる。間接的互酬性。自分のスキルを誰かに活かせば、誰かの力を借りることが出来る。

気になったサービス。カーシェアリング、ライドシェア、カウチネットサーフィン、ソーシャルレンディング、ツールシェア、コインランドリー

これらのコラボ消費のモデルは別に目新しいものじゃない。古代から人間同士で行われてきた取引でハイパー消費社会ではしばしば忘れられてきただけだ。

この昔懐かしいモデルが新たに注目されるのに必要なテクノロジーがインターネットで、これによってコラボ消費モデルの取引コストが著しく下がった。
多くの人が参加できることで取引の選択肢が増える→クリティカル・マスに達する。
お互いを信頼する為に評価システムが発達し、ウェブ上でもその人の人となりが評価される。この評価は個人間でなくコミュニティ全員に共有されるためより良い取引が行われるインセンティブが働く。
取引は2者間で直接されることも多いが、複数人数間で相互に成立できるようなアルゴリズム、システムが開発されより選択肢は広くなった。

コラボ消費は人々の行動を自主的に変えている。コラボ消費のほとんどは環境にいいが、環境にいいからという理由で始まったわけじゃない。消費者は、自己利益の追求という立場をそのままにできるため、ほとんどは自分が「よいこと」をしているという意識すらない。多くのコラボ消費モデルは、正しいことをさせようとするわけではなく、正しいことをより魅力的に便利に変えただけだ。

コラボ消費のモデルは製品をデザインするのではなくシステムをデザインする。脱物質化であり、モノよりコト、プロダクトではなくサービス、また、参加することへの満足感、社会的帰属の欲求を満たす。
そういう意味でデザインの本質は変わったが、実際のところデザインはより重要で、人々の行動を定義し、空間を構成し直し、消費欲求を刺激し続ける。
人々を変えようとするのではなく、システムをデザインし直すことで、一人ひとりにほとんど負担をかけることなく、よりサスティナブルで魅力的な方法で人々の欲求を満たす。


率直に、この本にあるようなビジネスモデルをやりたいと思う。
自分は別にエコロジストじゃないけど、自己利益の追求が結果エコなことならもっといい。
コラボ消費は一人じゃできない。人と人がつながってコミュニティを築くから成り立つ。誰かに力を借りる代わりに誰かに施す。
サスティナビリティって流行り言葉みたいで嫌だけど子供ができてさすがに次の世代のことも思うようになったし、日本がこのままずるずる落ちていくのもやだし、自分のミッションステートメント的にも新しい価値ってのは創りたい。

じゃあサスティナブルなブルーパブって何ができるんだろう。今の醸造技術は大量生産大量消費が前提だけど、昔は違ったか。エネルギー効率突き詰めたり、熱量の回収して再利用?麦芽粕の廃棄をコンポーザーで堆肥化したり?酵母の回収と再利用もそうか。(ドライ酵母って作るのにエネルギーかかりそう)
でもこんだけだとただのエコブルワリーだな、、結局新しい設備や装置を追加しないといけない。
もっと単純に、探せば出てくる中古設備をどんな形でも使えるシステムのデザインとか、結局週一回利用の醸造設備は余剰キャパシティなわけだから、それを自社だけじゃなく他社にも使ってもらう。小ロットなら個人飲食店のハウスエールとかPBも受けやすいだろうし、マニアなホームブルワーでも使えるだろう。中堅ブルワリーのテストバッチやったりもできるか。課題はたくさんあるけど。
マイクロブルワリー的には原料の共同購入とか発注ロット的に過剰在庫になるホップの交換とかできるコミュニティとか。そもそも醸造免許自体が希少性のあるスキルだから、価値の交換はしやすいかも?

そんでブルーパブは飲食店なわけだからそっちでできることってあるか。
飲食店は人が集まる空間。
食事だけを売りにするんじゃなくてそこで出来るコミュニティが大事。オンラインのコミュニティがオフラインで集まるというのは地域の活性というシェアになる。
懐古主義っぽいけど、ご近所でも今は知り合いじゃない世の中でそういうハブ的な役割が出来れば社会的帰属の欲求を満たす。


色々やってみたらなんでも出来そうなんだけどな。
常にネットにつながって他者からの評価を気にかけて生活するってのはどうかと思うけど、ネット社会がバーチャルと言われずリアルと肉薄しつつあるなら致し方ないのか。

取引コストを下げて、みんなにとってメリットのあるシェアをデザインする。

今年一番の読み応えでした。このジャンルの本、多読します。
posted by koji at 18:39| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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