2012年10月08日

メルトダウン

2011年の3月11日、
私はイベント対応でお台場にいました。
地震の晩は結局お台場から脱出することもできず、
翌朝から社用車で都内を走り回り、店舗と社員の安否を確認して回った。
私だけでなくて、どこもかしこも大混乱してたし、
都内は物理的な被害は大きくなかったけど、社会は麻痺していた。
地震からまる1日以上経ってからようやく家族にも会えた。
その間、情報は車で聞くラジオだけだったので、
津波や原発事故のことをほとんど気にしてなかった。
その後1か月くらいも混乱続きの現場で、目の前のことにしか対応できてなかった。

タイミングがいいといえばいいが、4月には大阪に越してきたし、
関西では、関東ほど地震や原発事故の情報を流してなかったように思う。
なので、この本に書かれてる事実は私にとっては全くすっかりうっかり知らないことばかりだった。
自分が、目の前の手の届くことにだけ注力してる間ずっと、
日本は滅亡しかかってたのかと思うとぞっとする。

読み物としても優れてます。
これがノンフィクションなんだから、既得権益って怖いなぁ。
権力は魔物って帝王学でも何度も書かれてましたね。

原発が本当に必要なのか、資源のない日本で原発なしで本当にやってけるのか、正直わたくしのような一般人には判断できませんけど、今回の福島原発事故が、天災じゃなくて人災であるってことはよくわかった。
結局色んな権力や政治的な思惑があって、リスクだけは国民が背負わされてる。
それはまぁどんな業界でもあることかもしれないけど、原発は権力や金が動くだけじゃなくて人命やそれどころか国が滅亡するリスクまであるんだからハイリスクノーリターン(ごく一部の特権階層にだけハイパーリターン)だと思わざるを得ない。

でも国策で、原子力の技術を輸出しようとか、原発建設を公共事業的に国が電力会社に依頼してるっていうんだからびっくりする。そうなのか知らなかった。日本は原爆で攻撃された唯一の国なんじゃなかったの?この国策を承認する政治家って原爆の恐ろしさを身を以って経験したんじゃないの?(それとも政策立案はもう戦後世代だから関係ないのか?)
日本ってそこまでして成長し続けないといけないのか、とか色々思ってしまう。魂売ってる感があります。
今までそんなことも知らずにいた自分も恥じなきゃいけないのかもしれません。どっちかっていうとエコよりエゴな人間ですし。勉強します。

本の内容色々抜粋してたら長文になってしまったので、以下ご参考までに。



  
 
津波の想定が甘いことは東電の原子力部門では周知のことだった。過去の文献には、今回の大津波と同規模の津波によって被害が発生している事実がある。にもかかわらず、東電の地震と津波の対策は不十分なままであった。これは、プルサーマル計画というデリケートな問題を刺激したくない、という政治的な理由があった。リスクを知りながら隠匿した。

全電源が喪失することを想定していなかった。非常用ディーゼル発電機が使用不能になり、外部からの電気を通わせる鉄塔が倒壊する。保安院から事前に指摘されているにも関わらず、そんなことはありえない、と軽んじている。
電源車が到着するも、電圧やプラグがあわない。事前の用意、想定の甘さが露呈している。

原子炉格納容器内の圧力を下げるために炉内の空気を外部に排出するベント。放射能を外部に撒き散らす最悪の手段さえままならない。電気がないことで難航する上に、現場での実務はほとんど下請けの協力会社に委託していたため、その時現場に残っていた東電正社員でベントの作業に明るい者はいない。すでに放射能は漏れている。

放射能汚染の広がりを予測するシュミレーションシステム、スピーディ。ベント実施に合わせて算出した予測図も当初、汚染は海上に向かって広がっていた。しかし、予測図は刻々と変わり、内陸に向かって汚染が広がる予測をしていた。しかしこのデータはすぐに公表されず、多くの国民が被爆するに至った。

1号機に続き3号機も水素爆発を起こしたが、人為的な判断ミス連絡ミスに由来するところが大きい。海水注入にせよ、ベントにせよ、東電と政府の連携不備で現場は混乱している。
すでに123号機はメルトダウンしている。

4号機では使用済み燃料プールに1535本の核燃料が保管されていたが、水素爆発を起こした。格納容器やコンクリの遮蔽壁などなく、建屋が吹っ飛んで核燃料がむき出しになった。首都圏全域に被爆の危険性が広がった。避難範囲が300kmに拡大すれば首都圏も範囲に入る。3000万人避難、日本は成り立たなくなる。日本滅亡の瀬戸際だった。一ヶ月以上もそんな状態が続いた。

東電に2兆円の緊急融資をした各銀行。これは、原子力損害賠償法にある、異常に巨大な天災地変なので、東電は免責されると考えたからだった。しかし、この原賠法は不備だらけであった。免責規定はあるものの、電力会社に代わって責任を負う主体がいなくなる構造になっている。国も責任を負わないのだ。

東電の救済スキームは様々なステークホルダーから様々な案が浮上した。本来であれば経産省資源エネルギー庁が立案すべき政策であったがその能力がなかった。
結局できあがったスキームは、倒産したくない東電、債権放棄や減資を拒む銀行証券保険会社、国庫負担を免れたい財務省、そして長年庇護してきた東電と原発をなんとか維持したい経産省と、利害関係者が微妙な均衡を保ったものだった。しかし、結局アテにされたのは国債という国民の懐であった。そのツケを回されるのは、原発の放射能汚染にさらされた人たちで、とりわけ次世代の若者たちだった。

電力と旧通産省現経産省の癒着によって、過去には電力自由化、発送電分離はことごとく潰されてきた。役人は電力へ天下り、国体護持は守られ続けた。今回の事故を受けて、東電救済スキームを電力改革への糸口につなげる力も働いている。

脱原発への一歩として菅総理は、浜岡原発に停止要請した。30年以内に震度6強以上の地震が起きる可能性は84%。原発の前には砂丘が広がるのみで、津波対策は付け焼刃のようであった。
これにより日本各地の原発が停止する流れになるのではないかと世論は期待したが、そうではなかった。経産省資エネ庁は、エネルギー政策の全体を視野に入れて中長期的に原発は必要、という路線を変更しようとはしなかった。このため、今回の福島原発事故の原因を「地震」ではなく「津波」であることに見せかける必要があると経産省は考えていた。でなければ、原発の耐震基準を抜本的に改定しなければならず、多くの原発が稼働できなくなる可能性があった。実際に福島では、津波が来る前に地震によって配管や圧力制御室が損傷していた可能性がある。
経産省は、海外に原発を輸出する政策や地球温暖化対策のために原発依存度を高めるエネルギー政策などに激しく呪縛されている。経産省の極秘の内部文章には「技術保有国としての中長期的な優位性、人材基盤の維持強化」「原子力平和利用先進国としての国際社会における抑止力の維持」のために原子力は必要と明記している。

しかし、菅総理がエネルギー基本計画を白紙に戻すことを宣言した。原子力の比率を下げ、化石燃料に加えて再生可能自然エネルギーと省エネ対策を盛り込む。ソフトバンクのメガソーラーもここからスタートしている。経産省は、原発事故の責任官庁であるにもかかわらず戦犯意識は全くなかった。自らの権益保全のために東電とも一緒になって、脱原発に傾倒していく菅総理を罠にはめて引きずりおろすようになっていく。

結局、今回の責任を取らされた人間は、経産省には誰一人いなかった。原子力安全保安院を経産省から分離して環境省に移管する方針が決まっただけで、表向き更迭された経産省トップらは6000〜7500万円の退職金を手にした。原子力損害賠償支援機構法が成立したことで、東電は当面は倒産を免れた。菅内閣は8月30日総辞職し、経産省と電力業界の改革は誰も出来ないままである。
posted by koji at 12:08| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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