2017年01月03日

2017年 欲張る

年明け元旦からビールを仕込みました。
2017年はビールにまみれる一年にしたい。

2016年、気づけば終わりました。
2016年は年始早々から物件の目途をつけ、
融資を受けて物件契約して着工、2月には酒造免許取得のため税務署に申請も上げていました。
そこからあれよあれよという間に1年。ほんとにあっちゅーま。
早かった。

オープンが4月23日。地ビールの日に合わせてオープンして、
酒造免許が下りるのを首を長くして待ち、なんとかかんとか8月1日に免許取得。
そこから5か月間でビールを作り続けて、今では23バッチ目に突入。
ようやくクオリティも安定してきたか。どうかな。
今年はフラッグシップを作る。コンペで勝負する。増産して15kくらいは作る。

2016年の振り返り。
この数年を去年一年のためにつぎ込んできて、
それがようやく第一歩の現実化を果たした。
想定よりもはるかにいい形でできあがって、いい形で一年が締めくくれたと思うんやけど、
これは、想定よりもたくさんの人に助けてもらって、仲間になってもらえたからだと思う。
2016年は、人に恵まれた1年。助けてもらった1年。

2017年は、このスタートダッシュがバブルだったと割り切って調子にのらない。
その上で、2016年にできなかったこと、うまくいかなかったことをしっかり計画的にやる。
チームを成長させる。それぞれの強みを活かして弱みを補って、うちの強みにしていく。
権限移譲する。自分が不在でも高いクオリティを維持する。そのための教育に力を入れる。
労働環境を改善する。高いモチベーションを保って、クリエイティブな仕事を産む。法人化に向けて準備する。
業界内でも発信力を高める。日本のクラフトビール、ブリューパブの発展に寄与する。
自分の成長にも投資する。そのために時間を作る。2016年は全然できなかった。
次の展開を視野に入れて、そのための土台作り。資金、時間、チーム、組織、ヴィジョン、コンセプト。
あとはちゃんと実力をつける。頭も体も技術も成長させる。

年末に店舗のスタッフとミーティングして決めた2017年の方針の一つ。
欲張る。
2017年は欲張る年にしよう。守りもしっかり固めて攻めにも出る。
売上も利益も上げる。お客様にも喜んでもらう。うまいビールも作る。うまい料理も作る。うまいコーヒーも淹れる。
人材も増やす。みんなも成長させる。自分も成長する。会社も興す。融資も受ける。
もっといろんな人に関わって助けられたい。今度は助けたい。
しっかり働いてしっかり休みも取る。家族との時間も取る。自分の時間も取る。
やりたいことがいっぱいあるから、自分だけでなんでもやってはいけない。
計画的にやらないと全然前に進まない。今年はマネジメントの年になりそうな予感。
欲張ってもっと上を目指す一年にしよう。

というわけで2017年も皆様宜しくお願いします。


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2016年08月24日

ブリューパブ起業ブログ

昨年末に投稿して以来、何も書けてなかった。

2016年4月23日、ようやく飲食店の開業ができました。
目標にしていたブリューパブで。
2016年8月1日、発泡酒醸造免許を取得し、
本格的にブリューパブとしてスタート。
すでに3バッチを仕込んで、ビールを作っています。

今日は33歳の誕生日。
去年の8月は、物件を探し始め、
色んな人と出会い、
ビールの勉強をし、
自分のビジネスモデルが本当に成り立つのか毎日考えて、
いくら資金が必要で、
いくら売上があれば利益が出るのか、
考えて考えて仮説を立てて検証してた。
子供が産まれて、自分の不義不徳を反芻して、
自分にとって正しい事はなにか、
家族の幸せって何か、
誰かにとって役に立つことって何か、
いっぱい考えてたと思う。

ブリューパブを立ち上げました。

うちのブリューパブは、
既存のクラフトビールの弱点をいかに克服するか、
飲食店のあり方としてどうやって新しいビジネスモデルになるか、
クラフトビールをいかにしてもっとたくさんの人に飲んでもらえるようになるか、
どうすれば一緒に働く仲間が高いモチベーションを維持して高い理想に挑戦し続けるか、
に重点を置いてコンセプトを立ててます。

ブリューパブのポテンシャルは高い。
そう信じて、色んな人に大風呂敷を広げて色んな協力と助力を頂いてます。

けど、ブリューパブで大儲けするのは難しい。
醸造という特化をいかにして飛び道具に使うか。
あくまでも飲食店の一つの武器、強力なウリに仕立てあげるか。
この線引をしっかり明確にしとかないと、何屋かわからなくなる。

マーケットの動向をきちんと見極めること。
クラフトビールが流行っていると言われ続けてしばらく経って、
社会の何が変わっているか?
自分たちの零細さをしっかり受け止める。
だからこそ地道な努力、誠実な経営が必要。

だけど、メディアのウケはいい。
ウケるうちに、どこまで中身のある施策を打てるか。
お客様をどれだけ確保できるか。

たぶん、流行ってるからってことで一度はクラフトビールを飲む人は多い。
どうやって継続して飲んでもらえるか。
キャラクターやクオリティで差別化するのは難しくない。
そこにストーリーやオリジナリティがあって、応援しようって気持ちは湧く。
でも、あとはコストの問題。金額的なコストもあるけど、取引コストがクラフトビールは高い。
わざわざ飲みにいく、取り寄せて飲む。
気軽にいつでも身近にあるから飲める、低い取引コストを実現できるクラフトビールは多くない。
ブリューパブはそこに活路があると思う。
だからこその都市型ブルワリーにこだわる。
価格の安さだけじゃなく、取引コストをいかに低くするか。
価値はプロダクトとクオリティとコストのバランス。

ブリューパブというかビールを造りたいという人は、潜在的に少なく無いと思う。
けど、現実的にそれに取り組めるひとは多くない。
クラフトビールの市場が成長するにつれ、
クラフトマンシップは失われるのか?
設備産業としての規模のメリットが重要視されていくのか?
クラフトマンシップはマスと相反するけど、マスの牙城を切り崩すにはどうすればいい?
クラフトマンの絶対数が必要なんじゃないかと思う。
造り手がいて、ストーリーがあって、プロダクトがあって、
そこにファンがいて、市場ができあがる。だから造り手の絶対数。


今の自分の姿、立場は一年前では想像もできなかった。
夢見てはいたけど、それが現実化できる目処はたってなかった。
動いて、発信して、色んな人に直接語って、そんでまた動いて、
ベンチャーのキックスタートってこんな感じかな。
ただただ大風呂敷を広げてやってきた1年。
形になって、人が集まって、お客様に来て頂けてなんとかやってきた4ヶ月。
まだまだ毎日自分の未熟さと向き合ってやっていきます。
1年後はもっと成長してますように。
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2015年12月29日

クラフトビール革命

久々です。

タイトルの通りの本を読みました。

クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業 -
クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業 -

この本、クラフトビールでの起業を目指す私にとって、

ワクワク 8割

尻込み 2割

という感想。

アメリカのクラフトビールの発展の顛末(といってもまだまだ発展中の)を当事者が書くという点で、
日本のこれからのクラフトビールシーンを想像することができる良書。

ビールの小規模メーカーの創業者の心境がありありと書かれてる。

今日は引用がメイン。

マスコミではちやほやされるが、それが幻であることはわかっている。
財務的には厳しく、まだ黒字も出ていないのにさらなる投資が必要になる。
多くのベンチャー起業家たちにとっておなじみの苦しみ。
ベンチャー事業の初期段階では、成功しているように見せかけることが重要。
最後は利益が上がるはずという希望を抱きながら自信に満ちた外見を保ち続けなければならない。
起業家は生き残りをかけて四苦八苦していた創業時代の美談をしばしば持ち出す。
確かに創業期の成功へのモチベーションは信じられないほどパワフル。
それはあまりの苦しさから一刻も早く逃れたい一心で生じる力だ。現実は地獄なのだ。


どこで営業しようともスケールメリットが大事。
生産設備は、マーケティングや営業に必要なリソースを食いつぶしてしまう。
ビールビジネスに参入したいからと言って、必ずしも生産設備を持つ必要はない。


うちのビールが世界一だと自負するのは構わない。
しかし口頭であれ文章であれ、どんな方法だろうと他人が作ったビールの名誉を傷つけることは業界全体を傷つけるに等しい行為だ。

マイケル・ジャクソン
数千年にわたって老若男女を魅了し続ける、この安価で素晴らしい飲み物の複雑性。
実際ブルワリーというものは、いつどこで暴発するかわからない地雷原のようなもの。
醸造科学はその暴発を防ぐために存在している。
科学的教育を受けたブルワーがGスポットよりもトラブルスポット探しに慣れているのはそのせいだ。
彼らはエクスタシーよりも苦痛に詳しいのである。
2つの誤解。一つは評価の観点。ビールを評価すべきポイントは、欠点かそれとも長所か?
もう一点は表現の問題。自社のラボに内緒でせっかく作ったビールを捨ててしまうブルワーもいる。
おそらく自身のビール品質に対して恐ろしく厳しいのだろう。彼自身の評価基準を非常に重視している。
だから、どんなビールであってもこき下ろす気にはなれない。

素晴らしいビールを作ることは、称賛すべき人々による称賛に値する仕事であるということ。
もちろんそこには素晴らしい酒があるということ。
さらに、考え得る限り最高に完璧な何か、絶対の真実としてのビールづくりは可能だということ。
言い換えれば、ビールを通じてこの世において最良となる全てのものをもたらすことすらできるということ。


ギリギリのことを試す。はっきり禁止されていない行為は、たぶんやってもいい。
要するにあらかじめ許可を得るんじゃなく、あとで謝ればいいってこと。


小規模メーカーの創業者にとって共通していることは資産家ではないということ。
しかし、豊かな生活を日々エンジョイし、自身の業績にプライドを持っている。
ビール文化というこの国の根本に関わるものの改革に携われてラッキー。
人の日常生活にとって非常に大切なもののひとつであるビールにインパクトを与えられたなんて最高。


ブルーパブはキャッシュフローを生んでくれる。
自分のパブに競合が入り込んでくることはないし、コントロールもできる。
そしてやっぱりなんといってもパブは接客業。ブルーパブにもっと集中すべきだ。


ビジネスの安定している卸売業者が新規参入ブランドの売り込みという骨の折れる仕事などするはずがない。
つまり成功したければ自分のビールは自分で売るしかないのだ。


安価なビールへの揺り戻しが起きている。
その要因はクラフトビール業界にもある。それほど価値がなさそうなビールに高値をつけるブルワリーもあるからだ。そういうビールを買って痛い目に合う客もいる。
そういう客はもう二度と買おうとは思わない。


我々ブルワーには、それぞれ独自のアイデアと哲学がある。
作家が芸術家のカテゴリーに属するのだとすれば、我々も芸術家なのだ。
究極的には飲み手のグラスの中で生命を得て息づくために存在するビールのレシピも最初は散文のごとく紙の上に表現される。
それが真実だとすれば、ビールのレシピも紙に記された単なる言葉ではない。時間とともに昇華し、知的な議論すら促す液体の芸術。それがビールなのである。

このビールの品質に問題はありません。もちろん飲んで健康を害することはないですし、それなりにおいしいと思います。ただし、我が社の考えるレベルに達したビールではありません。ですから見守っていてほしいのです。次のビールはもっとおいしくなるはずです。
初回生産分を発売したビールに貼り付けたステッカーの説明文。ビールの品質に全てを捧げる。


ワンオフのビール。酸味の強いビールや、カベルネフランやシャルドネなどのワイン用ぶどう、レッドカラントと一緒に醸造したビール。オーク樽、ウィスキー樽、ラム酒樽で熟成したビール。乳酸菌やペジオコックス菌で発酵させたビール。
ワンオフビールのイノベーションは我が社の企業文化の大きな部分を占める。
ワンオフは飲み手とスタッフ両方が楽しめるから、モチベーションの大いなる源。


食の世界では古い伝統にひれ伏す必要はない。
既存の伝統的ビアスタイルではなく、食の世界で見つけたビールの材料としてポテンシャルを持つ素材をベースにして、普通でない人々のための普通でないエールを作る。


限界を目指して、可能性のある場所にさらなるニッチを創造する。
食やワインのカテゴリーの最高峰にも近づけるようなニッチ。


レイトビア。ワインから始まったトレンドがコーヒーにも波及し、次はビールの番であることは明らかだった。

マイクロブルワリーやパブブルワリー、ナノブルワリーがここまで台頭したのは、ソーシャルメディアの発展に依るところが大きい。
ただし、問題は140文字のメッセージで注目を集める能力と、実際の中身はまったく異なるということ。
消費者は目新しいもの、エキゾチックなものに飢えている。
そうした心理は、「ブランド」には不利に、「スタイル」には有利に働く。


BAAは、小規模ビール会社の利害を代弁し、彼らの声を州や連邦政府に届ける役割を果たしていた。
意見交換の場、政治・広報スキル育成の場として機能していた。
市場の問題を議論できる場ができたことでブルワーたちの連携を強め、情報を共有し、一致団結して問題の解決にあたれるようになった。


ビールの販売に関して、
1.新鮮なビールは売れる
2.流通ビジネスはボリュームが命
3.ボリュームは七難隠す


小規模のままでいる、というスタイル。
第三世代のブルワーにとって、素晴らしいビールを醸造する、コミュニティを作る、ビアサークルの人気者になる。
ブルーパブの多くはより規模の大きなプロダクションブルワリーに成長していくが、新世代の多くはブルーパブをやっているだけでハッピーなのである。

醸造所に入ると、香り、音、風景、醸造所を構成する全ての要素が揃った環境に身をおくことが出来る。
建物の奥の半分が醸造所で、手前がテイスティングルーム。
客はどこに座りたがるか?醸造所に一番近い席だ。
醸造所からの香りや風景を楽しみながらビールを飲みたくなるんだ。


ナノブルワリーはサスティナブルではない。
ナノブルワリーとしてスタートするなら、それがゴール地点ではないことに気づかなければだめだ。
小規模な状態を維持するのは難しい。単純な話、ナノブルワリーは儲からない。
少量、多種。ブルワーにとってナノブルワリーが面白い理由の一つだ。


クラフトブルワリーは、数多くの新しい生産戦略とビジネスモデルを生み出してきた。
全ての規模において気の利いた成功モデルが登場してくる。優れたものはいずれ自ずと浮上してくる。

ただ一つだけ確かなことは、質の高いビールを作り続けなくてはならないということ。
今ではどのコミュニティにも複数のブルワリーがあるから、質の高いビールを作り続けないと難しい。

クラフト風ビールに低めの小売価格を設定することで大手が革命を横取りしていく可能性がある。
しかし、革命は広く深く浸透している。
生産者の顔の見える食材や多種類で新しい商品を求める消費と社会のトレンドの一部になっているし、音楽やテクノロジーの分野とも結びついて進化している。


大手対小規模、クラフトブルワー同士の衝突。ビール戦争は最終的に敵と味方の双方に利益をもたらす。
ある種のプロレス。観客を楽しませる興行である。
日本のビール業界全体の市場規模は約二兆円と言われており、そのうちのクラフトビールのシェアは1%。
まだまだ日本版クラフトビール革命には伸び代がある。



とここまで引用。
アメリカにはそもそもヨーロッパからの移民が築き上げたクラフトビール文化が禁酒法時代以前にあった。
今のクラフトビールのパイオニアたちはその頃のブルワリーを買い取ったり、修繕したり、昔からあったブルワリーに委託醸造することで成長した。
日本もやっとこの段階まで来てるのかなって気はする。
そもそも地ビール解禁からまだ20年しか経ってないことを考えると、市場の移り変わり自体が目まぐるしい。
ここから、日本がアメリカのように爆発的にブルワリーが急増するかというと、ホームブルーイングが非合法なだけにそこまでじゃないと思う。
ただ、だからこそ入り口がブリューパブである必然があるんじゃないかと。
アメリカのブルワーの多くも、初めはホームブルワー。まずはビールの醸造に魅力に取り憑かれるところから。
日本の環境だと、そもそもビール醸造を経験する事自体のハードルが(合法的にいえば)高いわけで、ブリューパブにはそのフラストレーションを埋める機能があると思う。

あとは、ナノブルワリーはとにかく儲からないこと。
これはちょっと計算すればわかりきったことで、小規模である以上、ブルワリー以外での収益の柱が必要ということ。
だからこそ小規模ブルワリーは飲食店を併せて経営しなきゃいけない。
売上のボリュームで言えば、飲食店のほうが上。そこできっちりビールを供給しつつ、プロダクトとしてのビールを作るしかない。

日本のこれからのビール業界についての危惧。
アメリカのベンチャースピリッツありきのクラフトブルワリーと、
日本の第三セクターありきのクラフトブルワリーとの違い。
起業家精神の不足。
大手が参入してきたことで、ここからのクラフトブルワリーは、アメリカでもあったような「ビール戦争」が必要だと感じた。
例えば、「クラフトビール」というプロダクトの定義について、日本には数字を明記した定義はない。
大手がクラフトというキーワードを使い始めて市場の奪い合いに参入する。
あとは税制。大手や政府を相手に戦うしかないけど、それができる業界団体はない。
日本のブルワリーはまだまだ村意識のある仲間で、お互いに助けあってるけど、競い合ってる感じではない。

というわけで、
ブリューパブのマーケットを作ること。ブリューパブの業界団体を立ち上げてクラフトビール業界に影響すること。
ブリューパブが日本のクラフトビールシーンをもっと活性化すると確信しています。
技術的な発展や、人的な雇用の創出も大きなインパクトがあるはず。
このブログのテーマもようやく意味があるものになるかな。
来年も、来年こそ皆様どうぞ宜しくお願い致します。
posted by koji at 17:46| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ビール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月08日

メイカーズ的ジャパンクラフトビール

4月5月の怒涛のイベントラッシュが終わり気づけば6月。
梅雨模様です。
とりあえず2ヶ月間のビールイベントラッシュが終了し、遅めの五月病を患っています。

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる -
MAKERS―21世紀の産業革命が始まる -

メイカーズ読みました。製造業を学んだので。
シェア、アンフェアトレードと読んでからのこの本っていうのがすごく面白かった。
21世紀のアメリカの製造業の新しいビジネスモデルについて。
オープンソースがより早くより安くより高品質なプロダクトを産む。
それはデザインやソフトがデジタル化されて、オープンな情報になっているから。
製品化される前から、マーケティングテストされ、カスタマーの支持を得る、クラウドファンディングで資金を集める製品が求められる。
インターネットが普及してこれまでは情報=ビットだけがフラット化してきた。
製造装置の高度なオートメーション化が進み、物流ネットワークがグローバル化して、世界的な賃金格差が縮小してきた、これからはハード、物質的な製品=アトムもフラット化する時代になる。
そうなれば、欧米諸国の中小企業が製造業で息を吹き返すことが可能になる。

要約すればこんな感じでしょうか。
メーカーズムーブメントについてはwiki参照で。
メイカーズムーブメント

オープン・イノベーションについてはシェアでも重要性がありました。
コワーキングスペースも大阪にもあるなぁ。今度行ってみよう。

今日は酒蔵ビールメーカーの合同協議会でしたが、
一社ずつの開発ではもう競争に勝てない、オープン・イノベーションによる技術革新が必要、という内容に至ってます。

これ、やりたい。
大手の参入により研究開発力で圧倒的不利な小規模メーカーはやっぱり寄り集まって対抗するしかないと思う。

でももうマイナーメーカーだけのクローズドな情報共有くらいじゃにっちもさっちもいかない。

一消費者でも、そこらへんのブルワーよりマニアな人もたくさんいるし、海外飛び回ってていろんなものを飲んで見聞きしてる人もいる。長年ホームブルワーやっててすごい技術とセンスのある人もいる。大手ビールメーカーの中には醸造学をしっかり学んでも、自分の好きなビールなんて作ったことない人もいる。飲食店のオーナーは自分の店で売りたいビールを明確に描いてる人もいる。
そういう人も集まってこれるような、真にオープンイノベーティブな環境って作れないもんか。
そんでそれを形にできる、コブルーイングスペースを作れないものか。
ただ、ビールが前述のメイカーズ的プロダクトと違う点は、生き物だってところ。
無生物の形を作るんじゃなくて、生物の活動をデザインする。いくらオープンな設計だっていっても、同じものが作れるわけじゃない。っていうのが面白いところだと思うんだけど。


イベントラッシュを振り返って見ての感想。
新興ブルワリーがとにかく目立つ。そういう意味でマニアは既存メーカーだけでは満足しなくなってる。
関東ではIPAがまだ強い。ウケる。サワー系がくるくる言われてても、ちゃんと作れるところはほとんどない。ので結局海外ビールが優勢。
セッションなんとか的なライトエールでうまいやつがほとんどない。むずかしい。
関西のブルワリーではIPAがあんまりない。やっぱり甘いのが人気。成熟度の問題?地方性?
ビール単体で利益が出ない。フードが売れてなんぼ。やっぱり見本市・ファンサービス以上の機能を果たせてない。

ブルワリーとして、イベントとビアパブ頼りの販路に魅力を感じない。
巻き込める人の数もそう。小規模なメイカーとしての柔軟性とかチャレンジフルな開発の強みとか。

というわけでこの2ヶ月で、自分がブルーパブをやる目的というか理由の根拠を強めたのでした。あとは適性もあるという自信と。
小規模で試験的にプラントをまずは作ってみて、色々やらせてもらおう。

ホームブルーで作ったビールの消費が全然おいつかないので、
バーベキューでも主催してパーッとみんなに飲んでもらいたいです。よろしくお願いします。
posted by koji at 18:39| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ビール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

Unfair Trade

気づけば4月です。
3月は瞬く間に過ぎ去りました。
日本酒の製造もやっと終盤の終盤。火入れが済めばやっと緊張感から解かれます。
さてビールだビールだ。1ヶ月後にはイベントラッシュが待っている。

良書を読んだのでメモ。

フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た -
フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た -

貧困問題の書籍もここ数年よく読んでいるので、
こういう認証ビジネスの裏側を題材にした本に書かれている内容もちょっとは理解しやすい。
「チョコレートの真実」を読んだとき、衝撃だった。
その時の記事もあります。
http://koji0824.seesaa.net/article/135387686.html

当時は自分がコーヒーに携わる仕事をしてて、
コーヒーの抽出やサービス、ビジネスについて学ぶより、
それを作る第三世界の貧困問題について知るほうが自分には有益だった気がする。


この本は「フェアトレード認証」についてだけ書かれているわけじゃなくて、
欧米の大手企業がサプライチェーンを通じて世界中の貧困を加速させていく様々な事象について書かれてる。
それは単に公正な取引や価格を保証するかしないかという簡単な話ではなくて、
身体的精神的に劣悪な労働環境を強制したり、
倫理に反してでもその労働でしか生きる術がない状況について、
現地に入り込んで取材して書かれてる。

そしてそれらは先進国の人が少し考えれば想像できるようなことなんだけど、
「フェアトレード認証」のロゴがその想像を邪魔する。


以下、いくつかの事例について引用。

ニカラグアのロブスター漁。
質素なボンベだけの装備でほぼ素潜りに近い漁法でロブスターを穫るニカラグアの若者たち。
アメリカの大手企業が買い占めるロブスターを穫って収入を得るために、
1日に何十回も潜水する。
これにより塞栓症を引き起こし、減圧症、潜水症(ベント)を引き起こす。
20歳そこらの若者が、この症状で手足が不自由になり最悪死亡する。
組織的に身体障害者を量産する仕組みがこうして出来上がっていて、
サプライチェーンの上流の大手企業はそれを認知している。
現地では、潜水であろうが仕掛け漁であろうが加工場に持ち込まれた時点で一緒くたになり判別はできなくなる。
にも関わらず、「私達はそうした潜水によって穫られた人道的ではないロブスターを仕入れていない」と発表している。
海洋環境保全に何万ドルも投資してCSR=社会的責任を誇らしげに掲げる企業も、ニカラグアの若者が危険な潜水漁をしないように教育し装備を整えることに投資はしない。
それでも「倫理的」は売れる。


イギリス、マクドナルドのコーヒーのカップにレインフォレスト・アライアンスのロゴが入っている。
マクドナルドのコーヒーを買うと、倫理的なコーヒーを飲むような人だと周りに思わせられる。
ちなみにレインフォレスト・アライアンスは最低価格の保証がなくフェアトレード認証より、より市場主義型のシステムと言える。このロゴを導入してコーヒーの売上は25%増加した。
消費者はもっと倫理的になりたい、貧しい農家をもっと支援したいと思っているが、劣っている、または知名度の低い商品に乗り換えなければいけないのなら嫌だと思っている。
大手企業からすれば、今まで作ってきたものを作り続けつつ、安心できる倫理的認証のロゴを商品につけられればよい。
消費者は何が正しいことなのかを調べる時間も意志もなく、大企業が自分の代わりに責任を持ってそれをやってくれるだろうと考える。企業は倫理的な商品が売れるとわかっていて、倫理的なロゴの背後には「ブランド」を構築しようと待ち構えている組織がいる。

フェアトレード認証で保証される最低価格は、現在の国際市場の価格よりはるかに低く、農家が保証による恩恵を受けることはない。
保証にかかる割増金の費用は、その他の倫理的な広告のマーケティングコストに比べれば遥かに低い。
また、取引を長期間保証すると口約束はしていても、実際に価格が下落して最低価格を下回った場合、その契約が履行されるかどうかはわからない。そのコストが、認証ロゴを付けることで得られる利益を上回るようであれば、フェアトレード認証のロゴをパッケージから外せばいいだけだ。
また、フェアトレード財団に支払う手数料は、半分は認証プロセスの運営・監督にかかる管理に使われる。
もう半分が農家の手元に届くのかといえばそうではなく、フェアトレードブランドを宣伝するために使われる。

フェアトレード認証を実際に現地で運営するには、小規模の農家を一軒一軒相手にはできず、農家の協同組合を通じて行われる。
協同組合を通じて行われた取引では、協同組合の管理費や人件費で多い時には売値の30〜40%もの金額が協同組合の長老の懐に入る。


中国。Foxconn。アップル、ノキア、デル、HP、ソニー、マイクロソフト、任天堂を始め多くの有名ブランドの製造を行う工場で、2010年春、1ヶ月のうちに16人の若者が飛び降り自殺した。
アップルやマイクロソフトよりも多くの年間収益を上げるフォックスコンはアップルが利益率27%なのに対して4%しかない。生産量を上げることで生み出される利益は安い労働力によって支えられる。
週7日間、一日12時間、1万回、4秒に1回、製品組み立ての同じ単純作業を全くの無言で繰り返す。地方から出稼ぎに来る若者が希望を失って自殺する。
自殺騒動のあと、マスコミの糾弾によって給与の引き上げを余儀なくされたフォックスコンは、法定最低賃金の低い河南省への移転を予定している。
国策によって地方の教育水準は上がっており、若者の能力や野心は高まっているが、それに応える仕事がない。大学で教育を受けることがそれほど賢い投資ではないと若者が気付き始めた。働き始めるのが遅くなればその分金を稼ぐのが遅くなるだけだという思いに至る。中国の地方ではいまや、教育はマイナスの利用価値しかもたなくなっている。


ラオス。中国の隣国。中国企業のゴム園開発。アヘン栽培からの作物変換によって税控除されたゴム園が熱帯雨林を全て破壊しつくして、一面のゴムの木の単一栽培に取って代わられた。
ラオスの人々にとってゴムは唯一の仕事になってしまったが、さらに需要が拡大している以上、中国人労働者の流入は避けられず、今後その仕事があるかはわからない。ラオス国民の文化にも悪影響を及ぼす。
中国は、発展において倫理的な配慮をするのはまだ早いと言う。倫理は、欧米諸国だけに許された贅沢なのだと。欧米諸国は自分たちの帝国の特権を享受したのだから、なぜ中国も同じようにしてはいけないのだ、という言い分。
倫理的な消費者がお気に入りの製品の出自をたどることの難しさ。


アフリカ、コンゴ。スズ石鉱山。
いつ崩れるかもわからないような狭い坑道で、小さな懐中電灯とハンマーだけで採掘する。常に死の危険に晒されている。
サプライチェーンの末端、原料の調達という点でラオスと同じだが、ラオスは政治的には安定しており平和だ。
コンゴは完全に機能が崩壊しており、坑道を出たところで安全な場所などどこにもない。まだ戦争中である。
ルワンダ虐殺のあと、2003年アフリカの世界大戦が終結する頃には推定500万人の命が失われた。
この戦争で最も残虐な側面の一つが、武装勢力の多くに資金源が全くなかったことだ。
飢えた兵士たちは、食料を持つものから奪い、自分が坑道を下りなくても誰かが採掘した鉱石を奪えばいい。

スズは携帯電話やノートPC、無数の電子機器の回路基板を溶接する際に使われる。
私たちはスズ石を必要としているが、人権がここまで徹底的にひどい状態にある国と取引してもいいだろうか?
国連が推奨する倫理的禁輸措置は、ただブラックマーケットを生んだだけ。結局、コンゴの人たちはスズ石を売ることでしか生きていけない。非合法でも、中国企業が原産国の表示を改ざんして買っていく。


アフガニスタン。世界中のヘロインの90%を生産している。ピンク色のケシの花。
アフガニスタン政府はアヘンの掃滅運動を続けている。
農家も代替作物を導入しようとするが、換金作物は市場まで持っていかなければ売れない。
その途中でタリバンやアフガン警察や強盗に捕まるかもしれない。道路では検問があり、賄賂を要求され、うまく売れたとしても儲けは残らない。
ケシなら業者が買いに来る。
アヘンは鎮痛剤モルヒネの原料であり、合法栽培すれば世界的な市場もある。しかし、モルヒネの最大需要国であるアメリカの「80−20ルール」特別市場保護保証により、アヘンケシの全輸入量の80%をインドとトルコから購入することになっている。


ここまでは、世界のサプライチェーンに巻き込まれた倫理的に機能不全を起こしているケースについてだった。

しかし、同じような社会環境でもうまく行っているケースもある。

タンザニア、キリマンジャロの小さな村オレラ。高品質コーヒー。
コーヒー豆は長らく市場価格が下落していたが、このところ過去最高に上昇している。小さなコーヒー農家は通常、地域の協同組合を通じて安い単価でコーヒー豆を買い取られる。
イギリスの小さな会社が、通常単価の2〜4倍の価格で高品質のコーヒーを買い取ってくれる。それの製品のパッケージにはフェアトレード認証のロゴは入らない。
それでも長期的に高品質のコーヒーを調達するため、高い価格を提示し、現地で技術指導してコミュニケーションを取り、良好な関係を築く。
同様に、マラウィの高品質茶葉。

地域密着の小規模同士の取引で成功する2例。
さらに、これを大規模展開して成功するケースもある。

西アフリカ、コートジボワール。綿産業。
内戦や政治的混乱、社会・環境問題はこれまで見てきたような劣悪な国々と同じ環境でも、倫理的意識と社会的責任感のある、持続可能で採算の取れる綿産業。
世界最大の紡績・取引会社オラムが、 内戦で倒産した綿繰り工場を政府が競売にかけた際、工場を購入した。



この本のいいところは、認証ビジネスや先進国大手企業のサプライチェーンの悪しき部分をやり玉に上げて終わるわけじゃなく、倫理的経済的な成功例、理想のビジネスモデルを模索するところまで提案しているところだと思う。
最後にたどり着くコートジボワールのオラムという会社も、もちろん営利目的で参入しているが、現地に入り込み、農家とコミュニケーションを取って、教育し、識字率を上げ、正しい資本主義的な競争を適度に促すようにして生産性を高めている。それを短期的な利益のためではなく、長期的に高品質な原料を得られるように、投資し、農家に融資して自立をサポートする。
正しいことをしている、それを宣伝するために認証ロゴが必要なわけじゃない。自社のやり方や製品に自信があるからこそ、ロゴに頼るようなマーケティングが必要ない。

「チョコレートの真実」では、同じコートジボワールでも、カカオ農園の児童労働の問題が取り上げられてた。
非人道的な強制労働、奴隷扱いされるコートジボワールの子供たちの命が、先進国の子供たちが食べるチョコレートには含まれる。って話。
同じコートジボワールでも、オラム社の事業とは真反対。
これは、政府や社会情勢の良し悪しによってだけでなく、
企業が真剣に現地と向き合って取り組めば倫理的に正しいことは実現できるってことだ。

先進国の大手企業は、サプライチェーンという外部委託によって、委託先や、その先の委託先が倫理的であるかどうか知りつつも、是正する責任や負担を逃れようとしている。
更に言うと、それは消費者にも言えることだと思う。
著者あとがきで触れてるけど、第三世界にはまだまだインターネットによる情報の透明性がない。一方、先進国の情報の透明性はSNSなどでより過敏になっている。
消費者が企業の不正やダブルスタンダードをひとたび糾弾すれば瞬く間に拡散する。
企業は逆に、倫理的に正しい取り組みをSNSを通じて宣伝すればいい。

この本が書かれたのが2011年。そこから4年たって世界はさらに複雑になってる。
中国の労働力も賃金は上昇して東南アジアにシフトする。そこからアフリカに移るまでまだ少しある。
「最底辺の10億人」でも書かれてたけど、最貧国への援助は金を渡せばいいってもんじゃない。
一方的なNGOの支援も時間がたてば役に立たなくなる。

日本で生きてると関係のないような話に聞こえるから不思議。
今このブログを書いてるChromebookも世界に絡まるのサプライチェーンを通じて製造されたに違いないのに。


久々に長くなったなぁ。
この本に出てくる多くの倫理的に機能不全を起こしている国々は、コーヒーの産地だ。
日本でよく飲まれるスペシャルティコーヒーは高品質で倫理的な商品である可能性は高いけど、コーヒー生産全体の1%やそこらの製品。残りの99%のコーヒーはどうやって作られて、作ってる人たちはどんな環境を強いられるんだろう。

結局のところ、本を読んだりすることでしか得られない知識や情報。
知らなきゃ知らないでいい平和な日本で生きていられることに感謝しつつも、
いつかそういう世界もこの目で見てみたいなと思うのです。
posted by koji at 08:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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